ただ、側にいたいだけ

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俺たちは浜辺に沿う形で敷設されたサイクリングコースに腰を下ろして海を眺めていた。 ペットボトルのジュースを飲みながら何もしない。 「兄貴はさ、物凄くモテたから来る者拒まずで女の子と皆んな付き合ってた。とんでもない野郎だと思ってたけど。振られる子の気持ち考えたら兄貴なりの優しさで付き合っててやってたのかもなぁ、と思う」 「ドンファンって言うんだよね、ああいうモテ男の事」 「振るのも心が痛むじゃん、せっかく好きになってくれたのに申し訳ないなぁって」 「そうかな」 「振る勇気もなかったのかもしれないけど」 「お兄さん、優しいからなぁ」 「でもね、やっぱそれは不誠実な事だよ。相手に失礼だよ」 「ふむ」 「俺は兄貴とは違うから。一途な性格してるから」 「何言ってるんだか。男は皆んな浮気性だよ。あの後輩の女の子はどうした?」 「ヤキモチ妬いてくれんの?」 「まさか、勘違いすんな」 俺は安村さんの方を見た。 「勘違いさせて…」 彼女の唇を見つめる。 彼女の唇は美しい。 それを見つめて次に何を言うのか、知りたい。 「恋愛って、勘違いの連続だよね」 「妄想の所産」 「ははは」 俺は彼女との距離を詰めた。 「安村さん、これから学校別々になるけど、ずっと側にいさせて」 「ストーカーみたいだね」 気が付くと俺は思わず、あの後輩と同じ事を言っていた。 ずっと側にいたい。 それが本音だ。 相手から何か見返りを求めている訳じゃない。 ただ側にいたいだけ。 君は俺の推し。 ただ大好きな人。 見つめていると、いつの間にか俺の唇は彼女の手のひらに押し返されていた。 「何、キスしようとしてんの」 「え?しようとしてねーよ」 「絶対しようとしてた」 「ただ見てただけだよ、濡れ衣だ」 「ストーカー男め」 「おい、違うから」 相手との丁度いい距離が計れず、怯えながらも近付いて俺たちはそうして生きていく。 そんな妄想の世界で恋をしているのかもしれない。 「俺、決めたわ。君の事推しとして全力で応援する」 「何それ」 「推し活だよ、俺なりの」 「推し活?」 「うん。だから、君に何かしてくれって訳じゃない。ただ君を応援するだけ」 「応援て、何するの」 「わかんないけど、その都度必要な手助けをする」 「どうせ、ストーカーみたく、言い寄って迫って来るだけじゃないの?」 「まぁ、そういう事もあるかもしれないけど。基本、無償の愛情を注ぐ事にする」 「無理無理、そんなの絶対無理」 「何でだよ」 「どうせさっきみたいにキスしようとするに決まってる」 「さっきキスしようとなんかしてないから。そっち見てただけだから」 「嘘付き」 「未遂なんだから、無罪。俺は今から君を推し活する事に決めた。兄貴みたいなドンファンじゃなく」 「どうせ豹変するんだから」 俺たちはそんな事を言いながら笑っていた。 波の音が響いて、そんなくだらない話も押し流してくれる。 やがて卒業の日も近付いて皆んな18になった。 そして卒業式を迎えて、俺たちは大人になっていく。
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