やっぱり彼女が好き、だから…

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やっぱり彼女が好き、だから…

俺は家族から欲しい時計を買ってやる、と言われて成人の記念に時計を買ってもらった。 腕時計だ。 スマートウォッチの時代に、今更かもしれないが単なる短針と長針の回るアナログ時計を買った。 結構値の張る物で、オーソドックスなデザインのその高級時計は、俺の成人を象徴する物となった。 兄は結婚して家を出た。 ドンファンがただの妻帯者になり、おとなしく生きている。 ちゃんと教員になって、市立小学校で教鞭を取るようになった。 「叶、おはよう」 スマホで彼女と通話している。 「良く眠れた?」 「うん」 「今日、時間空いてる?」 「何で?」 「アートアクアリウム行こうよ」 「何それ」 「金魚の芸術的展示」 「ふうん」 「迎えに行くから、準備しておいて」 「わかった」 彼女は中々自宅から出て来ない。 やっと玄関のドアが開いたと思ったら、別人になった彼女が出て来た。 いつもはパンツスタイルの彼女だが、今日はワンピースで、パンプスを履いている。 髪は下ろしてハーフアップにし、毛先をカーラーで巻いてあった。 そしてなんと、薄化粧をしているではないか。 「どうした?!何が起きた」 「何って?」 「女になってる」 「女だけど」 「いや、何でそんな誘惑するような格好してるんだ」 「不服なの?」 「いや、いや。相手俺だぞ」 「あなたのためじゃないから」 「えっ?!」 「自分が楽しむ為にオシャレしただけだから」 「何それ」 「男って、すぐ勘違いするよね、自分を誘ってるとか考える」 「どう見ても誘ってるだろ」 そう、俺は本能をくすぐられてドキドキしていた。 「呆れた、どうみても自分が気分良く楽しむためのファッションだよ。はい、行こ」 俺の腕を押そうとした彼女の指先には可愛いいピンクのネイルが。 「うわーっ、爪!」 「うるさいなぁ、誘ってないって」 「思いっきり気合い入れてオシャレしてるくせに何言ってんだ」 駅にまで行くと、通り過ぎる男たちの視線が気になって仕方がない。 いつもの格好のダサい俺と、水商売の女が歩いているみたいだった。 「一言いってくれれば、調和取れるようにしてきたのに」 「うるさい、着る物なんか持ってないでしょ、貧乏大学生」 「けど見ろ、時計だけは高級品だ」 「あっそう見せて」 彼女は時計を覗き込んだ。 まるで学ランのボタンを付けてもらった時のようだった。 彼女の瞳が俺の息の掛かる距離にある。 「わからんわ、時計のブランドなんか」 「俺も良くわからんけど」 上りの快速に乗るとひと席だけ空いており、そこに彼女を座らせた。 薄いスカートの彼女が足を組む。 短いスカートのすそから膝の頭を出して脚が露出した。 それを口を開けて眺めていると、付近の男共も同じ顔をして眺めているのに気が付いた。 「混んでくるから脚は組まない方がいい」 そう言ったけど、本当は彼女の脚を誰にも見せたくなかっただけだ。 彼女は脚を引っ込めた。 長くて細い脚はまるでモデルのようで、いつまでも眺めていたかったけれどそうもいかない。 電車を乗り換える瞬間に彼女に囁いた。 「ちゃんとデートに見えるかな?」 「デートじゃないから」 「デートでしょ」 「違う」 「なんだ、その変なこだわり」
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