やっぱり彼女が好き、だから…

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俺は地元に帰って来て、心底安心した。 「ごめん、ダサい彼氏で」 「大丈夫、彼氏じゃないから。近所の『ただの友達』だし」 「ただの友達って、いつになったら彼氏に昇格できるの?」 「ん?昇格とかない。だって推し活でしょ」 「そっか。推し活って彼氏枠ないんだ」 「でもお兄さんカッコいいんだから、もしかしたら磨けば光るかもしんないね?彼氏枠、狙ってみる?」 「うん、磨いた事ないからわかんないけど、ちょっと頑張ってみる」 「ふふふ」 彼女が帰りのバスの中で買ったばかりのシャツをしげしげと眺めた。 そしてピンクのネイルの指を伸ばして、俺のシャツのボタンを外し出した。 「もしかして、こういうシャツってボタン三つくらい外して着るもんなんじゃないの?」 「え、三つも?」 ボタンを外して少しだけ胸が開いた。 ポッと彼女が赤面する。 「あ、この方がいい?」 そう尋ねると、答えない彼女の瞳孔は開いたまま俺の胸を見つめていた。 俺の胸を眺めている? 見た事もない顔をして固まっているぞ。 「孝俊…」 そう言ってなぜか、彼女はさらにボタンを外そうとする。 俺は目つきの変わった彼女の手を止めた。 「おい、おい、もういいだろ。バスの中で露出狂は勘弁だ」 彼女の指先から力が抜けていく。 「…ごめん」 恥ずかしそうに彼女が言って、互いの会話は止まった。 今日の彼女はいつもと違う。 いつもの彼女は俺をまるで女友達みたいに扱う。 憧れのお兄さんの弟として『ただの友達』という扱いなのだ。 それなのに、まるで今日は俺を兄の代用品みたいに扱い、兄のようにしようとしていた。 俺は清政じゃない。 清政の代わりにはなれない。 スマホには彼女の写真を撮り溜めた。 メモリーが一杯になり、これ以上追加できなくなる。 永久保存版だ。 俺はそれをクラウドに保存し、決して褪せない思い出にする。 彼女が望んでいるのは、清政のような男だった。 清政はツーブロックの髪で前髪を少し長く残し、いつも同じサロンに通っている。 俺は決して清政じゃない。 けれど、 どうしても彼女の心が欲しかった。 推し活を宣言しながら、ガチ恋で攻める気持ちしかなかった。 俺は結局清政と同じサロンを予約して、そこで注文をする。 骨格が似ているから、その髪型はすぐに清政風になった。 眉のカットもしてもらう。 スタイリストは納得の作品ができたようで「あれっ、お兄さんにやっぱ似てますね」なんて言った。 やっぱり、人間て髪型でイメージ変わるんだろうか、さすがに日頃の千円カットとは違う。 眉をカットした事で、顔つきも変わった。 自分で鏡を覗いて「誰だコイツ?」と思ったくらいだった。 そして大学に行くと、今までチャラチャラした奴だと相手にもしなかった男を観察してみた。 ああ、そうか。 清政はただ顔が良かっただけじゃない、きっと見た目でモテる工夫をしていたのだ。 でも、なぜ? モテる必要があったのか? 色々と工夫をしている間に、ちょっとした事で自分は変わっていった。 たとえば前髪の分け目を変えるだとか、袖口の折り目を変えるだとか。 自分の首や肩のラインに合うネックの形を選ぶだとか。 そうしているうちに、俺はなぜだか吊り目の清政になって行った。
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