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兄はその後、大学に進み教員を目指す事になる。
教育実習が始まり、なぜだか自分が通う県立高校にやって来た。
本当に偶然というものは恐ろしい。
兄がやって来た教室には俺と、彼女がいた。
彼女というのはあの、ブランコで靴投げをしていた女の子の事だ。
その3人が同じ教室の同じ場所にいる。
兄は地元では少し有名なイケメンとなっていたから、当然彼女だってその顔も評判も知っていた。
兄が教室に入って来た時、教室は一瞬ザワザワとなり兄のオーラに圧倒されていた。
兄はカッコいい。
背は高くて、顔は精悍で、運動神経も良く性格は群を抜いて優しい。
そんな男に惚れない女はいない。
俺は兄を見つめる彼女を見た。
彼女があの時から兄の事を慕っているのはわかっている。
俺は彼女の靴を無視して飛び越えた口だ。
けれど、俺は彼女が好きだった。
兄を見つめるその目が、俺に向いてくれないかとずっと思っている。
俺は彼女が好き。
そして彼女は兄が好き。
兄は……
兄は優しい。
でもその優しさはなぜだか方向性を間違えている。
近付く女の子を誰かれ構わず受け入れる。
だから、何人の女の子に手を出して来たのかはわからない。
そんなとんでもない悪党だ。
彼女はそんな兄にまつわる悪い噂も知っている。
それでも兄の事が好きなようだった。
彼女の名前は安村叶。
背が高く、スラリとしてまるで少年のような女の子だった。
長いストレートの髪をいつも一つに結び、猫のような大きな吊り目で小さな口をしていた。
女性らしい凹凸のあるボディーラインではなく、ひょっとしたら学ランを着せたら様になるかもしれない、そんな女の子。
だから、男子に好かれるタイプではなかった。
そんな女の子でも、きっと兄に好意を伝えたら交際に発展していたかもしれない。
兄は女の子の好意を断れない人間だ。
けれど彼女はその想いを秘したままでいて、兄には近寄らなかった。
その想いを遂げようとはしなかった。
兄とは違って、彼女の貞操観はきちんとしていたのかもしれない。
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