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俺は、兄貴じゃない
そしてある日、母親に呼び止められた。
「あ、ちょと清くん!」
母は清政を子供の頃から清くんと呼んでいる。
「兄貴はいないよ」
「あ、そうだった。なんか似てきたね、あなたたち」
「そう?」
「一番カッコ良かった時の清くんみたいだよ」
大学4年、そういえばその頃兄貴は教育実習に来ていた。
女の子を「きゃーきゃー」言わせていた人気絶頂の時期。
「俺ってカッコいい?」
「うん、親のあたしが言うのも変だけど、いつの間にかかなりのイケメンに仕上がってきてるね。あたしの料理がうまいのかな」
…何で料理なんだよ?
「ねー母さん、どうして兄貴ってあんなに必死に女の子にモテようとしてたのかな?」
「う〜ん、そうだね。もしかしたら清くんは小さい頃に母親亡くしてるからじゃない?だから、ちょっと女の人に依存する傾向があったのかもしれないね。すぐ結婚しちゃったし」
「ああ、そういう事か」
「あんたはアタシがいたから、そうはならなかったけど」
兄は結局、何の努力もしない男だった訳ではなかった。
ファッションに精通し、話し方や振る舞い方にも工夫を凝らし、紳士的に振る舞っていた。
もしかしたらそれは、漠然とした寂しさを抱えていたからかもしない。
足りないものを埋めようとして…。
俺は本当に久しぶりに彼女を呼び出した。
ある意味、改造計画が最終段階にあって、その成果を確かめたかった。
裁定を下すのは推しの相手、安村叶。
わざと彼女の家には行かず、駅前のカフェに呼び付けた。
時間にも遅れて彼女を待たせた。
彼女はどんな反応をするだろうか?
モノトーンでまとめて、黒のテーラードジャケットの下に白いVネックの無地Tシャツ。
テーパードパンツに靴下を履かずにモカシンローファーを合わせた。
ただ、雑誌に載っていた服装をしただけだったが、ここ最近ずっと女の子に振り返られたりしている。
清政効果のおかげか?
堂々と遅れてカフェに着くとイライラした彼女が「遅い!」とムクれて言ったのに、俺を見てすぐに赤面した。
「悪い、遅くなった」
「……」
「どした?」
彼女は惚けて口をきかなくなった。
「おい」
「…あ」
彼女はこの間のように自分のためにオシャレをして、張り切ったデートスタイルでいた。
「何だよ?」
「お…お兄さんかと思った」
「え?」
「一瞬、お兄さんかと思ったの」
「兄貴か?」
「うん」
赤くなった彼女の余裕のない様子に、俺の改造計画が上手くいった事を確かめられた。
それと同時に俺は悲しくなる。
やっぱり、兄貴の事が忘れられないのか…。
「兄貴に似てるって事は、俺に惚れそうってことだよな?」
「え…」
「どうなんだよ、惚れたか」
「カッコいいと思う。でも」
店員が注文を取りに来て、会話は一時中断した。
俺と彼女はブレンドを注文する。
「私は前の君島くんでも充分カッコいいと思ってた」
コーヒーが届いて、それにミルクを入れた。
スプーンでクルクルとかき回しながら俺は言った。
「何でそれ早く言わないんだよ。無駄な金と労力使っちまった」
「だけど今はさらにいいと思う」
「結局、人間見た目?」
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