彼女の棘

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彼女の棘

女は男を操っていると、思っている。 まあ、そんな些細な棘があるとしても構わない。 だけど、そんな風に君を駆り立てているものは、俺の無償の愛があったからという事を忘れないで欲しい。 これまで俺は大事な君に手を出さないできた。 修学旅行で告白した事や、 家庭科の授業がある日に、取れかかっていたボタンをわざと放置していた事もある。 しつこい後輩と君の前で親しげにしていた理由や。 思わせぶりな台詞。 キスの寸止め。 わざわざボタンを全て留めておいたシャツ。 外見を兄貴に寄せた理由。 コーヒーを吹きこぼしたタイミングだって、 みんな君に俺を好きになって欲しかったからだよ。 こうして君は、だんだん俺にはまっていく。 俺はガキの頃から君の推しを続けてきた。 だからわかっている事もあるんだ。 ずっと君の事を愛している。 だから君に愛されるために考えを巡らせて来た。 君は俺の永遠の推し。 俺はずっとこれからも君の側にいるし、愛し続けるよ。 それは求めるだけの愛じゃない。 君に全てを捧げられる。 俺は彼女の手を掴んだ。 彼女がビクリとして肩をすくめる。 「や…」 カフェでは数人の客たちが歓談していた。 賑わう店内で俺たちの話を聞いている人もいない。 俺が彼女を見つめていると、彼女は掴まれた手を見て怯えた色を見せた。 「何?なんなの、君島くん、怒った?」 俺はなぜだか怯える安村さんを見て、不思議に思った。 「何でそんなに怖がっているの?」 「だって君島くん、何だか物凄く思い詰めた顔してるから」 「え?そうかな」 「私がわがままだって、怒ってるんでしょ」 「何で、そんな事ないよ」 「怖い、離して」 「あ、わかった」 「……」 元々は彼女の方が凄んでいたくせに、どういう訳だか彼女の勢いはなくなっていた。 目を逸らして、彼女は俯く。 「お兄さんに見える、お兄さんが私を…」 「俺は孝俊だよ」 「そうなんだけど…お兄さんが」 まるでうなされるかのように、彼女がそう言うので、俺は少しだけ心配になった。 「どうした?」 「やっぱダメ、私孝俊とは付き合えない」 彼女はお互いが男と女の関係になる事を恐れている。 「わかったよ、今まで通り近所のただの友達でいいから」 それは本心ではない。 けれど、俺は兄のようにはなりたくなかった。 「お兄さんは…」 「え?」 「私の友達と…」 「兄貴と友達がどうしたって?」 彼女の目から涙が溢れ出した。 「私の友達と付き合ってたの、中学の時」 「えっ?!」 「私はその時はもうあなたの事が好きだったけど、なぜだかお兄さんはその友達を簡単に捨てた」 「?!」 「付き合ってたのに、一緒にいたのに、彼氏だったのに」
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