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安村さんは、泣きながら話していた。
「だから、あなたも私と付き合ったら、きっと簡単に私を捨てるでしょ」
「そんな事ない」
「いや、だからあなたとは付き合いたくない。私はきっと捨てられる」
「そんな事しないよ」
「君島くん、あたしはあなたに好きって言えなかった。言ったらきっと、あなたにいずれ嫌われちゃう」
「安村さん、俺が君を嫌いになる訳ないだろ」
「お兄さんだって、そうだったのよ、友達に好きだって散々言ってたのに。付き合って深い仲になったら、別れてた。ねぇ、君島くん、私が好きなんでしょ」
「うん、好きだよ」
「だけど、きっと私と付き合ったら私が鬱陶しくなって捨てるんだわ」
「安村さん、俺は兄貴とは違う」
「私はあなたとは付き合えない。本当に好きなら結婚して」
どうやら彼女は中学生の時、その多感な時に俺の兄と付き合っていた友達と親しくしていた。
その友達と兄が深い仲になっていたにも関わらず、あっさりと別れてしまっていた事が心の傷になっていたらしい。
俺の見た目が兄に似て来た事で、その忌まわしい記憶がフラッシュバックしているようだった。
俺は彼女が望むなら、喜んで彼女と結婚する。
だけど、それには問題が山積している。
俺と結婚するという事は、トラウマの元である兄と身内になるという事だった。
そして事あるごとに顔を合わせる事になってしまう。
それに彼女と、そして俺は耐えられるのだろうか?
「俺は今すぐにでも結婚したっていい。だけど、その事でまた君は苦しむんじゃないのか?」
「どうして?」
「兄貴と顔を合わせる事になるんだぞ」
「うん…」
「俺を見ろ、兄貴に似てる俺を見て本当は辛いんじゃないのか?」
「君島くん」
「俺を兄貴の代わりにしたいくせに、それでも見ているのは辛いんだろ」
「お願い君島くん、私の事見捨てないで、嫌いにならないで」
俺はカフェの伝票を手に取った。
「俺は君を嫌いになろうったって、そうはできない。けど、君にはまだもう少し時間がかかりそうだ。本当に俺の事が必要になったら連絡をくれ」
「帰るの?!」
「俺の頭の中は君の事でいっぱいだから、外でちょっと冷やして来る」
立ち上がって、レジの方へ向かった。
会計を済ませていると、彼女は俺の腕にしがみ付いて来た。
頭を俺の肩に擦り付けている。
仕方がなく、俺はそのまま彼女を連れて店を出た。
騒がしい駅ビルの中を通り抜けて、彼女を連れたまま連絡通路の端を歩いて行く。
最寄り駅の連絡通路だから、一人くらいは知人がいたかもしれない。
けれどすがり付いたままの彼女を放ってはおけず、そのまま彼女を抱きしめてしまった。
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