彼女の棘

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俺たちは兄の子供二人に出迎えられた。 玄関で靴を揃えて脱ぎ、スリッパを履いて上がって行く。 フローリングの床をドタバタと走る子供たちに居間のドアを開けてもらった。 振り返って彼女を見ると、緊張した顔がそこにある。 微笑み掛けると、彼女は少し照れ笑いをしていた。 「驚くなよ」 「え?」 居間に入ると、ダイニングテーブルに兄と兄嫁が並んで椅子に掛けていた。 その正面には母もいる。 「あら、いらっしゃい」 母がそう言いながら立ち上がった。 「お邪魔します」 そう言って彼女は兄を見た。 「やあ!安村さん、元気にしてたかい?君が弟と結婚する事になるとは思いもしなかったよ。教育実習の時以来だよね」 兄は屈託なくそう言って笑った。 幸せ太りしたその顎には、たっぷりと脂肪が下がっている。 おまけに最近では視力が下がって黒縁メガネを掛けていた。 その見た目は恐らく彼女が恋焦がれていた、かつてのイケメンの兄ではない。 彼女はゆっくりと俺の方を振り返ってテレパシーを送ってよこした。 『誰、この人?!』 俺は苦笑いを返す。 「先生、お元気でしたか?」 まるで自分が動揺している事を悟られないように、彼女は言った。 彼女を紹介し、この地獄のような緊張から抜け出して実家から出て来た時には、俺も彼女もぐったりとしていた。 そして帰り道で彼女は歩きながら、笑い出していた。 「何なのよ、も〜っ」 「えっ?」 「誰っての、アレ」 「兄貴の事?」 「太ってメガネになって、我が子にデレデレで。アレ、かつてのドンファンよね、モテ男の清政お兄さんよね?!」 「そ。幸せ太りしておじさんになった俺の兄貴」 「いや〜っ。中和させてっ」 そう言って、彼女は俺の顔を両手で挟んでシゲシゲと見つめた。 「原型コレよね?!」 「ま、多少違うけど」 彼女は大笑いする。 「あははは!100年の恋も冷めるわ!」 俺も笑った。 「ハハハ」 「孝俊!」 「はい?」 「言っとくけど、私は孝俊がお兄さんよりスレンダーで若いから結婚する訳じゃないからね」 「はい、はい」 「お兄さんよりも今やイケメンになっているから結婚する訳でもないからね」 「わかってますよ」 「でも結婚してすぐに太ったら、許さないから!」 「俺は太りやすい体質じゃないから大丈夫、だと、思うけど…」
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