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彼女の席は俺の所から見て斜め左前に位置する。
そこから彼女を眺めていると、ほとんど教室の真ん中に位置する俺は教壇から視線を逸らしている事になる。
教壇に立つ兄から見れば、自分は授業を聞かずに女の子を眺めているだけのいやらしい生徒だ。
自宅に帰ると、それを咎められた。
「おい、孝俊酷いじゃないか。俺の授業ちゃんと聞いてくれよ」
「あ、ごめん」
「女の子ばっか見ちゃってさ、お前の考えてる事はわかってんだぞ。あの子の事が好きなんだろ」
その日の夕食は母の手料理のトンカツだった。
「うるせー、兄貴の偽物英語なんか聞いていられっか」
「酷いなぁ、結構評判いいのに」
「誰がそんな事言ってる?」
「女の子だよ」
女の子の評判なんて、顔を見て言ってるだけだ。
ただイケメンの兄に惚れて、感心を引きたいだけで言っている。
「兄貴、生徒には絶対手を出すなよ」
兄は綺麗な顔で微笑んだ。
女を喰うモンスターの様な男のくせに、そういう笑顔は美しくて悪魔の本性を見せない。
「生徒に手を出す訳ないだろう。捕まるよ」
兄は教員免許が取れて大学を卒業したら、家を出て今付き合っている彼女と結婚する事に決まっていた。
そうでなくても女には困らない。
だから生徒にまで手を出す事はないだろう。
とはいえ、兄の魔力は女を惹きつける。
「でも、あの子どっかで見た事あるような気がしたなぁ。お前が見てたあの子」
「そりゃそうだろ、だって家近所だし。俺なんか小中高とずっと一緒だった」
「ああ、だからか。なんか前にチョコでももらったのかな、と思ってた」
そんな訳ない。
そう思ったけれど、彼女は小学生の頃から兄を想い続けているから、どこかの地点で兄に告白しているかもしれなかった。
それを思うと、腑が煮えくりかえる。
それでも兄が彼女を自宅に連れて来た事はないから、おそらく交際はしていない。
見た事のある顔、というだけだった。
早く結婚してしまえ、と毎日思っている。
尊敬し、大好きな兄ではあるものの、イケメンの兄に周囲を彷徨かれてはたまったものじゃない。
吸引力抜群の掃除機の様に女を吸い取って行って、後には何も残さないのだから。
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