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乗客を助ける方法をひたすら考えても、動くバスの中、そして密閉空間で包丁を持った犯人がどんな行動をするか、分からない。
他の乗客達が身を寄せて、怯えてるのだから…
それが唯一、犯人を刺激しない為と思う。
「 おっとと、バスが揺れて…歩き辛い… 」
「 ふざけてねぇで、さっさと来いや!! 」
態とフラついたりしていれば、苛ついてる犯人をこれ以上刺激しないようにと近づいていくと、背後から苦しそうな声が聞こえてきた。
「 うっ……! 」
「 しっかりしろ…!っ…この人は、臨月なんだ!病院に行く途中みたいだったから、この人だけでも、下ろしてあげてはダメですか!? 」
「( 妊婦!? )」
「 だまれ!!女共に勝手に死ね!!産むことしか出来ない無能な人種が、口を開くな!誰のお陰で飯食えてると思ってんだよ!男が働くからだろうが!! 」
「( 何言ってんだこいつ…… )」
共働きのご時世だし、寧ろ男だけで養う家庭は少ないだろう。
あの妊婦さんが、これまで働いたことがない…なんて、知るはずもないのに…。
身勝手に、怒鳴り散らすような言葉に腹が立った。
「 じゃ、なにか…。アンタはちゃんと働いてたのかよ 」
「 あ!?黙れ!!テメェみたいなスカした野郎が一番嫌いなんだよ!! 」
「「 キャァァァア!!! 」」
頭に血が上って他の誰でもなく、オレに向かってきた事が好都合だと思い、一歩後ろに下がってから構えた。
「 ぶっ殺す!!! 」
包丁を振り上げて来た瞬間、走馬灯のように桃華の両親から言われた言葉を思い出した。
゙ウチの…世界一可愛い一人娘なんだ。何かあったらどう責任取るつもりだ゙
゙そうよ…女なんてね、守れるわけないのよ゙
゙命を懸けて守ります。その為に…その辺の男より強くなりますから!゙
「 ガッハ!! 」
「( 桃華は確かに世界一可愛い。両親の愛情も分かるし…オレもその為に、あらゆる武術を習ったんだ… )」
振り下げる前に、溝内に向けて平手突きをすれば、男は態勢を崩した為に、下顎に向け膝で蹴り上げ、上に体勢が移動したのと合わせて、後ろに下がった後に脚を引っ掛けて倒す。
「 ぐ!!! 」
「( この男…無駄に、丈夫じゃね!? )」
包丁を手放すことなく、倒れた後も直ぐに起き上がろうとするのを見て、口を開く。
「 多少、手荒くてもオレって犯罪になりませんよね!!? 」
「「 うんうん 」」
守った後に傷害罪とかで刑務所には入りたくない為に、その許可を周りに貰ってから顔を上げた、犯人の横顔を蹴り上げる。
「 が、はっ!! 」
「 はぁ…… 」
揺れる車内で、なんとか態勢と呼吸を整えようと深呼吸していれば、口元を切り、鼻血を流した犯人は、顔を真っ赤にさせて怒鳴ってきた。
「 いってぇ、な…くそ!!テメェ、ブッコロス!!! 」
「( なんで、コイツ…倒れな…… )」
普通なら戦意喪失していても可笑しくない状況に、困惑していれば包丁の持ち方が変わって、左右の手を握り締めたポーズによって気づく。
「 ナツ!!その人、元ボクシング選手!!決勝に負けて、引退してる! 」
「( そんなのアリかよ!? )」
ボクシング選手としてやって来たのに、負けたことが悔しくて引退。
そして社会人になったのはいいけど、直ぐにキレやすい事が仇となり、会社をクビ。
その事に腹を立てて…
ちゃんと働いてる社会人が気に入らず…ってことか…。
「 期待の新星、エースの登場…んなこと知るかよ!!何がセンスだ、何が才能だよ!努力無駄にしてんのは、何もしてねぇ連中のせいだろうが!! 」
「 っ、それを…!赤の他人に当たるのは…違うだろ!!( 急に動きが…速くなった…! )」
身を守る程度の護身術は、決してリングの上で戦う為に学んだわけじゃない。
ボクシングを引退したとはいえど、決勝まで行った相手のパンチは速くて、気付いた時には頬や腕に切り傷だらけになって、防戦一方になっていた。
「 うるせぇよ!!テメェみたいに、容姿も恵まれて、女もいるような奴に、俺みたいな負け犬の気持ちなんて、分かるわけねぇだろ!! 」
やっと遠くからパトカーのサイレンが鳴り響く中で、告げられた言葉に気を取られた瞬間、包丁を持ってない左フックが思いっきり頬にあたり、身体のバランスは崩れた。
「 っ!! 」
「 ナツ!! 」
「 ゔっ……!うぐっ…うま、れ…る、っ…! 」
「 うっせぇな!動くんじゃねぇ!!まずはこの…気に入らねぇ奴から殺してやる!! 」
妊婦さんはもう限界だろうし、気を逸らしていたオレが倒れた事で、他の乗客も危険だと言うのは分かる。
馬乗りになった男が、振り上げて来た包丁に恐怖すら覚えた。
「( ごめん、モモ……。先に… )」
心の中で謝っていれば、いつまでも痛みは来なくて、逆に男の焦る声が聞こえてきた。
「 っ!!離せ!!!くそ、ビッチ!! 」
「 ナ、ツ…っ、にげ…て! 」
「 !! 」
刃物を持った犯人に抱き着いて、必死に止めていた桃華に驚けば、起き上がる前に男は彼女の背中や横腹へと包丁を突き刺した。
「 うっ!! 」
「 モモ!!くそ、野郎!! 」
赤く染まったワンピースに冷静な思考を失い、無我夢中で二人を引き離して男の腕を掴めば、抵抗する男に蹴られたり、肩へと包丁が突き刺さる。
「 ど、け!!くそ!! 」
「 お兄さん!!しっかり!! 」
「 大人の俺等が黙っててどうする!! 」
「「 皆で抑えろ!! 」」
それまで動かなかった他の男性達も総出で、犯人を取り抑えれば、やっとバスは止まり警察が入って来た。
「 っ………も、も……… 」
自分の痛みよりも、ストレッチャーに乗せられて運ばれる桃華の姿に、脚は震えて手を伸ばす。
「 君も!重傷なんだ!直ぐに救急車に乗ってくれ!! 」
「 はな、せ…モモ、桃華ぁぁあ!! 」
近付こうとしたオレを二人の救急隊員が止めようと前に来れば、既に限界だった脚に力が入らず、座り込んだ。
その後…
気付いたときには、入院していて…
桃華の悲報をベッドの上で聞いた。
「 最善を尽くしたのですが…お連れの方は…… 」
「 あ゙ぁぁっ……!!! 」
輸血のホースが繋がった片腕を顔に当て、泣き叫んだ。
あの事件は連日ニュースで大きく取り上げられた。
死傷者が2名。
乗客が命懸けで犯人を取り押さえた…と。
その内一人は、実名を載せて死亡したと報道された。
誰もが亡くなった女性を哀れんで、事件が起こったバスが最後に止まった場所にお供えをした。
けれどそれは、ニュースしか知らない人達の私情あり、被害者達は口を開くことをしなかった。
思い出したくないんだ…
あの空間での、果てしなく長く感じた恐怖を…。
「 嘘つき!! 」
「 っ…… 」
3週間の入院後、退院してから桃華の両親に謝罪に行ったけれど、入る事も認められず玄関先で頬を叩かれた。
「 貴方を…信用したのが、間違いだったわ…。桃華を…私の、桃華を…返してよ…!!この嘘つき!! 」
「 お母さん…止めな…。二人は…他の乗客を守ったと聞いたじゃないか 」
「 じゃ、なんで…桃華が死ぬの!貴方が…死ねばよかったじゃない!! 」
「 もう、しわけ……ありません…( その通り…オレが死ぬ気で…守ればよかっただけ… )」
深く頭を下げることしか出来ず…、彼女の両親にそれ以降、何度も謝罪をしに行き
仏壇に手を合わせたいことを伝えても、
全て断られていた。
世界に1輪だけ咲いた花のように…。
大切に育てた娘を失ったんだ…。
その思いは無理はない。
分かるからこそ…
会う頻度を控えて、2年経った頃には会えなくなった。
「 ………久々に、モモが亡くなった日を夢に見た。はぁ…目覚め悪っ… 」
泣きながら寝てた事に気づいて、枕に顔を擦りむけてから、深く息を吐き起き上がる。
壁や机の上には、桃華と撮ったツーショットの写真ばかり置かれ、思い出は何も色褪せてはない。
「 てか、エアコンキレてるし…あ、タイマーか…はぁー…だから、寝苦しくて悪夢でも見たのか…。見るならもっと、過去の幸せな時なら良かったな… 」
エアコンのリモコンを持ち、少し低くスイッチを入れ直してから、タンクトップを捲りあげて腹を掻いて、寝癖がひどいまま部屋を出て一階へと下りる。
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