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一年後、桜助がようやく出所したのを聞きつけて、私はいてもたってもいられずに彼に会いに行った。夫の言い付けを守ってずっと市内を出なかったのだから、一年ぶりの遠出は許すべきだろう。
石塀に囲まれた大きな門扉を見上げた。インターフォンを押すと、白髪頭の執事が顔を綻ばせて迎えてくれた。
「漆お嬢ちゃんだね、おやおや、大きくなって。坊っちゃんに会いに来ていただいて、どうもありがとうね」
執事は以前と変わらず丁寧にもてなしてくれた。
許可を貰って桜助の部屋をノックすると、中から返事がした。
「おいで」
ドキドキしながらそっとドアを押す。
私のイメージする桜助の容姿とは随分印象が変わっていて目を丸くした。目の下まであった前髪も肩まで伸ばしていた後ろ髪も綺麗さっぱり刈り上げられ、高校球児のような丸刈りになっているではないか。
驚きのあまり言葉を失うと、桜助は爆笑しながら手招きした。
「警戒しないで。僕だから。ムショに入るとき剃られたの」
桜助はベッドサイドに私を引き寄せ、壁に背をつけて後ろから抱き抱えた。
「僕、悪人顔じゃない?」
「顔じゃなくて、実際悪人でしょ」
「確かにー!」
ケラケラ笑いながらも、私のお腹に回した腕は力強く抱きしめている。ひとりぼっちで心細かっただろう。いいとこ育ちの彼には縁がないと思っていた、ささくれやあかぎれの痛々しい跡。何故盗みまでしてお金を欲しかったのか分からないけど、二度と悪いことなんかしないで欲しい。
桜助の荒れた手の甲に触れた私の右手を、今度は彼がゆっくりと撫でた。
「犯罪者の子供は嫌?」
「嫌じゃない……」
高台に建つ桜助の家から見渡す夜景は、いつ見ても華やかだ。成功者になったような気分を味わった後、早朝夜も空けきらないうちに私はレンタカーとタクシーを駆使して家へ戻った。
夜勤の日、且つ夜なら、顔見知りが私のことを見かけることもなく、誰の目にも触れることなく計画を遂行できるだろう。
完璧な計画だと思っていたが、抜け目があったらしい。また数ヶ月経ったころ、夫が真剣な顔をして言った。
「漆、そろそろ子供欲しくないか?」
「……え?」
ガチャンと鋭い音がした。
お皿を洗っていた私は、不意にシンクに落っことしてしまった。
「ご、ごめん」
「急に言ったら驚くよな。俺たちも今年三十歳だし、そろそろ考えねぇといけねぇかなって……」
胸が緊迫感に包まれた。
他の女との間にも子供がいるくせに、この人は何を言い出すんだろう。
「そ、それは……そうだけど」
何故今このタイミングなのだろうか。子供同士を同級生にでもして、こっそり愉しみたいのか。夫の底知れぬ恐ろしさに足がすくんだ。
「まだ子を持つのが怖いのか? 分かるけどなぁ、いつまでも悠長なこと言ってらんねぇんだぞ。歳を取るとマトモな子供が産まれなくなっちまうからなぁ」
夫はソファから立ち上がり、キッチンに立つ私を後ろから抱きしめた。
「……っ!」
ぞわぞわした嫌な感覚が、瞬時にして全身を駆け回る。吐く息が気持ち悪く、肌に当たる髭の跡に虫酸が走る。私はいつから夫にこんなにも嫌悪感を持つようになったのだろう。
「嫌なのか?」
嫌に決まっている。でも、結婚五年目でようやく子供に恵まれるチャンスがやってきたなんて、他者から見れば拒否する理由がない。
「最近、おまえとしてなかったもんな」
「おまえとって、他の人とはやってるような言い方」
「冗談よ! おまえジョークも分からなくなったのかぁ?」
わずかに眉を動かして、夫は私の顎に手を添えた。
何か拒否する言い訳を考えなくては。
理にかなっていて、不自然じゃなくて、桜助のことを連想されないような何かを口にしなければ。
迫り来る大きな顔を前に必死に頭を使ったが、欺ける理由がなかった。
「子供、すぐできるといいな」
性欲を発散した夫は穏やかな顔で眠った。
「妊娠六週目くらいですね」
言葉通り、私は子供がすぐできた。
夫にとってはすぐ、桜助にとっては待ちに待った子供ができた。
「……そう、ですか……」
どちらの子供か分からない子供が、できた。
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