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0.麦と睦美
大学構内で隣を歩く双子の姉、睦美が「決めた」と呟いた。「なにを?」と聞き返すよりも早く、にこり、と綺麗に目を細める。
……。
嫌な予感がした。こういう笑顔の後にはいつだって無理な要求があるからだ。
「私たち、アナウンサーにならない?」
「……無理だよ、私なんて」
「そんなことないでしょ、顔は似てるんだから」
「……でも、人前でなにかするとか、私苦手だし」
「私は好きだけど?」
「……むーちゃんにはぴったりだと思う。でも私にはアナウンサーみたいな華やかな職業は似合わないし、向いてないよ」
「似合うとか向いてないとかじゃないでしょ。私がアナウンサーになりたいって言ってんだからなにくちごたえしてんのよ」
「……」
「まあ、なりたいっていってなれる職業じゃないけどね」
ドスをきかせた後で、睦美はまたにこり、と微笑んで会話を続ける。
「まずアナウンススクールに申し込まなきゃ」
空を見上げながら人差し指を唇に当てた。
「なにが必要か調べておいてくれる?」
委ねているが命令だった。
「……うん」
私の名前は宮原麦。
この春に大学生になった。
勤務医の父と看護師の母の希望で内部進学できる大学付属校を受験し、奇跡的に姉とふたりで入ることができた。けれどもあの当時、リセットできない人生がどんなに苦しいものかを知っていたなら、泣いて縋って頼んだだろう。――どうかお願い、お姉ちゃんとは違う学校へ行かせてと。
だがなにもかも今更だし、過去の選択を悔やんだって無意味だ。それに……
左右に首を揺らす。
……しょうがないよ、私が、悪いんだから。
私はいつからか、あきらめている。
自分が本当に望むことはなんなのか、やりたいことはなんなのか、そもそもどんな性格で、どんな顔なのか、好きな色は? 好きな食べ物は?
自分を知ることをあきらめていて、あきらめることにも慣れていた。
“――あの日、あの時、なぜあんなところに登ってしまったんだろう”
考えても仕方がないことを何百回と後悔した末に、そんな風に悔やむ時間は不毛だと気づいたから。過去を変えることはできない。自分がしてしまったことが今に繋がっている。だから罰は受けなくちゃいけない、と。
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