3.私はここにいるよ 

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 出会った頃から碧は一癖も二癖もあった。  初めの日こそ、突然部屋に入ってきた年下の女の子たちに気圧された様子だったが、二回、三回と訪問していると素を見せるようになった。 「ぼくといてもつまらないでしょ、どうせ目もあんまり見えないし」 「んーでも、目が見えにくいこととつまんないことはかんけいなくない?」 「ぼくがこんなじゃなかったら、友達になってないよね」 「それはそうだよ。アオくんママはうちらに声かけないよ。ね、むーちゃん」 「うんうん」  碧はかなり屈折していたが私も麗も実はあまり気にしていなかった。鬱々とした感情を吐き出す碧を『ただの素直な男の子』と認識していたし、いちいち答えを返していた。  ある時碧は、「二番目の引き出しに入ってるノート見て」と言い出した。 「アオくんが書いたの?」 「うん、もうちょっと見えてるときにがんばって書いたんだ」  麗とふたりでページを捲ると名前がずらりと並んでいた。その横には不穏な言葉が書かれていた。まるでだった。 「ひえー、アオくん、これはなんなの?」 「ぼくがこうなってからにげていった人間の名前と、あいつらがどう不幸になるかを想像したんだ」 「そーぞーりょくがすごいね」  私と麗は本気で驚いた。学校の友達、水泳教室の仲間たち、教師や大人の名前もあった。それぞれに違った不幸の結末が書かれていた。 「じわじわと苦しんで、死んだ方がマシだって言いたくなるような未来がいいな」 「なるほど」  そうして私たち三人は「この方法だと即死じゃない?」とか「これはと思う」とか言い合った。  そんな風に打ち解けても、碧は突然殻に閉じこもった。 「むーちゃんもれいちゃんもケーキが食べたいだけなんでしょう。ほら、食べたんだからもう帰ってもいいよ」 「なんでそう追い出そうとするの!」  麗はきーきーと騒いで、碧は「ぷい」と横を向く。私はふたりの間に立ち、頭を同時に撫でて宥めたりしていた。 「ができないぼくといたって、やれることがあんまりなくてつまんないでしょ」 「ぼくに合わせる必要ないからさ」 「人生終わったぼくと一緒にいるって、ヒマだね」 「ぼくといると時間過ぎるのおそいでしょ」  その都度一蹴しても、碧は何度でも言った。  途中から麗も私も気づいた。碧が口にしている言葉は、これまで自分に投げつけられたものなのだと。 「もーいいかげんにしな? うちらが楽しくないことをすると思う?」  麗はいよいよ言った。 「そうだよ」  私も伝えた。 「うちらはアオくんと一緒が楽しいからここにいるんだから!」  子供の語彙力では的確な励ましにはならない。けれど私たちの剣幕に碧ははっとしたような驚いた表情になった。そして、静かに泣いた。  湿った場が苦手な麗は『げっ』という口元を作って「ちょっとトイレ~」と逃げ出してしまい、部屋には私と碧だけになった。 「アオくん、なかせてごめんね」  使命感を携えた私は、碧の涙を拭きながら謝った。 「アオくんがかなしいのはイヤだよ」 「……ぼくも悲しくはなりたくないよ」 「うん、そうだよね」  碧はつらつらと心の闇を開放し、涙を拭った。 「普通のことすらできないぼくじゃ、みんなのジャマにしかならなくて」 「うん」 「ぼくが混じるだけでめんどうそうにされるし」 「うん」 「……ぼくもそれ分かったから、だからにげたんだ」 「うん」 「でも、わりきれない。あいつらもぼくとって思うんだ」  私は相槌しか打てなかった。だから代わりに碧の手をぎゅっと握ったままでいた。 「あいつらも、不幸になればいいのにって」  碧が自分を不幸だと思っていることがずし、ずし、と伝わってきて苦しかった。 「むーちゃん、ぼくと一緒にあいつらにしてくれる?」 「いいよ。一緒にフクシュウしよう!」  具体的な方法など思いつきもしないのに、私は迷いもなく碧の復讐を助けると約束した。碧は晴れたような笑顔を向けた。 「ぼくは絶対、あいつらより幸せになってやるんだ」 「なってやろう!」 「あいつらの期待を裏切ってやる」 「裏切ってやろう!」    碧が落ち着いた頃、麗が戻ってきた。リビングで碧の母親とお喋りをしていたというその口元にはクッキーのカスが付いていた。 「いやー、一回もどってきたんだけどさ、アオくんがむーちゃんにしてたからジャマしないようにアオくんママのところに行ったんだ」 「?!」  言葉の意味に首を捻った私の目の前で、碧が真っ赤になった。
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