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背後から「ちょっと」と不機嫌に声を掛けられ、足を止める。
首を斜め下に落として振り返ると睦美の友人たちが渋面で私を見ていた。
「……」
またなにか因縁をつけられるのかと警戒しつつ俯いたままでいると、封筒を差し出された。
「これ、むーちゃんに渡しておいて」
「なに?」
反射的に聞くと尖った声が返ってきた。
「あなたが知る必要ないけど?」
「黙って渡しておけばいいの」
「そのくらいできるでしょ」
「……わかった」
反論する気力は湧かない。黙って封筒を受け取って歩き出す。
「陰険ブス」
「いつまでむーちゃんにくっついて生きてくつもりだろうね」
「むーちゃんの人気にあやかろうとしたって無駄なのに」
背後から私に聞こえるように放つ悪口にはもう慣れた。高等部でも似たような扱いを受けてきた。でも彼女たちが悪いわけではない。彼女たちは睦美から聞いた私の素行が許せないと、正義感を携えて私を断罪しているだけだから。
私は、黙認している。
睦美が、痛めてもいない手首に包帯を巻いて学校へ行き、友人たちには『誰にも言わないで。ここだけの話にしておいて』と涙を浮かべてから、実は妹が……と濁すこと。出たくない授業や行事があれば、実は妹に閉じ込められてしまって……と欠席の理由にすること。飽きてしまったカレシを私と無理矢理ふたりきりにさせ“浮気をした”と言いがかりをつけて一方的に振るけれど、その理由は私が姉のカレシを誘惑したことになっていること。
「いい、麦ちゃん。これは私が麦ちゃんを許せるようになるための窮策だからね」
「……うん、わかってる」
「私は麦ちゃんに一生消えない傷を付けられた。私はそのことがどうしても許せない。許したいと頑張ってるけど、お風呂に入って裸になって、自分の胸元を見たるたびに悲しくって涙が出てくる」
「……むーちゃん、ごめん」
「私は誰とも結婚できないし、カレシが出来ても体の関係を迫られる前に、好きでも別れなきゃいけないの。だってこれ見られたら嫌われるもん。こんな醜い傷痕がある女、誰が好きでいてくれる?」
「……ごめん、……ごめんなさい」
睦美が私にする嫌がらせは、睦美が私を許すために仕方なくしていることだ。だから私は、周囲の誤解を解いたりはしない。むしろ積極的に睦美の復讐を手伝う。睦美と似ているだろうこの顔を長い前髪で覆って、時代遅れの不格好な眼鏡の目は常に地面に落として、陰湿で、陰険で、性格ブスで、睦美と比べればすべてが劣っていると認識してもらうために。
そんなことをしていたせいか、いつからか両親でさえ私の存在に眉をひそめるようになった。
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