5.思い出は嘘をつかない(碧)

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   *  スマホが一日に何度も『MOO』からのメッセージを受信する。 「……」  碧は冷めた視線のまま『むーちゃん』に返信する。決して冷たくならないように、優しすぎないように。恋人になる一歩手前の曖昧な関係性を意識させて焦らすのだ。  「―――アオくんってホストみたいだね。って、ホストと喋ったことないけどさ、イメージイメージ」  昔と変わらず遠慮も裏表もない口調で麗に言われたことがある。 「鋭いね。バイトしたことあるからね」 「ええっ? それは聞いてないよ!」 「あー、そっか」  『まだ言ってないし』  口元に指を当てて心の中だけで言った。いつか麦と麗と三人が揃ったら、これまで自分がどう過ごしてきたのか、落胆されるとしても正直に話すつもりでいる。 「なにが“そっか”だよ。無駄にかっこつけやがって」 「は、そんなつもりはないんだけど」  なにげない仕草や口調を時々麗にからかわれた。ここに麦が加わったなら賑やかな笑いが起きるだろうと想像する。早くその日を迎えたいと、碧は待ちきれない気持ちになる。  ホストのバイトに限らず、話してないことはまだまだある。  アメリカで暮らしていた――というのも半分は正しくない。  資産家である祖父母(母親の親)の援助もあり、なんとか渡米して二回の手術が成功したが、継続する治療について母の兄弟家族から横やりが入った。親の財産を大量に食い潰す()には同情するも限度がある、ということだった。散々もめた後、残っている治療は日本の病院で行うことになり治療費は“生前贈与”という方法で決着がついた。 「碧のために十分なことをしてもらったからいいのよ」  母はそう言ってくれたが、兄弟との関係が悪くなり、気軽に実家へ寄ることすらままならなくなった母には申し訳なさしかなかった。  帰国後は北海道にいる父親の実家を頼った。父は碧たちが渡米した後、会社の寮に移り仕送りを続けてくれていた。だが碧たちが日本へ戻ったのを機に、親戚が営む牧場に再就職した。父に倣い、碧も治療を続けながら自分にできることを手伝った。そこでの動物とのふれあいや獣医との出会いが動物大学校へ進むきっかけとなった。  だが……。  碧は、“完璧な治癒”と“誇れるだけの自分”を持って麦に会おうと決めた、過去の自分の選択を後悔していた。麦がに遭っていたのに、のんきに自分自身に集中し続けていたなんて……。だからはきっちりする。    *  「――――アオくんっ、今、足音聞こえたッ」  引き攣れた声と共に、身を屈めて裸の上半身を隠した『むーちゃん』にしれっと言う。 「ああ、友達かな。きみが来たから気を利かせて部屋から出て行ったんだと思う。気にしないでいいよ」 「……そう、なの? びっくりした……」  『むーちゃん』が窺うような目を向ける。完全には信じていないが、追及して自分が損をしないか計算している、といったところだろうか、とその表情から読み取る。 「……」 「……」  『むーちゃん』は自分がいかにモテるか、男たちから大切にされる特別な存在かを遠回しに伝えてきた。『そんな女の子にあなたは今、好意を持たれているの、誇らしく思って』――言葉の裏に傲慢な感情を垂れ流しながら。 「―――なんか、しらけちゃったな」  碧はソファに背を預けた。 「今日はやめようか」 「……へ?」  時間差で、みるみる『むーちゃん』の顔が赤くなる。屈辱がその口元に広がりヒクついている。自分の裸を前にして男が我慢できるはずがないのに――、というところだろうか。  だが『むーちゃん』は強く出られないはずだ、と碧はほくそ笑む。  これまで、自分を“優良物件”だと思わせる餌をぶら下げておいた。女が好きそうな資産家の家系(これは嘘ではないが)、学歴、人脈に、将来性。数年したらアメリカへ戻るとも伝えてある。『むーちゃん』は面白いほど簡単に釣られてくれた。 「今日は帰る?」 「……どうして、そんなこと、言うの」  『むーちゃん』は泣くことにしたようだ。はらはらと涙を落とす。 「うーん」  碧は首を捻る。 「俺を疑ったみたいだし、信じてない男と一緒にいてもしょうがないんじゃない?」 「そんなこと……ない、よ? 信じてるよ? 私、アオくんのこと信じてるし」 「どうかな」 「証明できるよっ、ほらっ」 「!」  目の前に身を乗り出した『むーちゃん』が碧の手を取った。そのまま自分の胸を触らせた。……よほど自信があるのだろう。  不意打ちを食らって一瞬驚いたが、碧はすぐに口元を閉じた。ためらわず触り、すっと手を離す。 「はい」  その手で床の上の服を拾って渡す。 「……」  ――君の体に俺を欲情させる力があるとでも思ってる?  嘘の“醜い傷跡”をダシに麦を痛めつけ続けた女に、心の目でこの上ないほどの侮蔑を送る。事実を知った麦のために“始まりの合図”を鳴らすのだ。――そう、自分が知る麦ならば、真実を知った後で“やられっぱなし”でいるなんてあり得ないから。 「送るよ」  碧はにこり、と笑顔を向けた。
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