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*
決意は、じりじりと朝を待っても変わらなかった。
もうすでに心は決まったのだ。
私はいつも通り、不揃いの前髪で顔を隠し、トレーナーとぶかぶかのチノパンを履き、使い古したバッグを肩に掛けた。階段を降り、朝ごはんを作っている母と身支度を整えてリビングのソファに座っている睦美の前を俯いて横切る。
「ごはんは?」
「……」
そういえば、母は私が無反応でも毎朝話しかけてくるよね、と何気なく母に視線を向けた。
!
どうせ呆れているはずだと思い込んでいたのに、母の眼差しには憂いがあった。
……お母さんはいつも、こんな風に私を心配そうに見ていたの?
「!」
母の側から睦美の鋭い視線を感じた。私は慌てて俯く。いつもと同じに。そうして母に返事もせず、リビングをすり抜けて玄関のドアを開けた。
電車に乗ってから麗にメールした。
――昨日、麗から入ってきたメッセージに『ごめん、あとでメールするね!』と返したままになっていた。
【昨日、れいちゃんを待たずに帰っちゃってごめん。急用ができちゃって】
嘘をついた。返信はすぐにきた。
【アオくんには会えた?】
【ううん。れいちゃんの後に私もアパート出ちゃったから】
【実は私も、あのまま店に戻ったんだ】
【そうだったんだね】
【改めて仕切り直しだね】
麗が昨日、碧と睦美に会わなかったと知り安堵する一方で、あのふたりの事情や進展を知ることができず心はくすんだままになった。
【今日、早番だよね、よろしくね】
【こちらこそ! それと、仕事が終わった後に時間あるかな?】
【大丈夫だよ、遅めのランチしよ】
【じゃあ、そのときに】
【うん、わかった!】
……れいちゃんは、アオくんと睦美が親しくしていることを知っても、私の味方になってくれるかな、
スマホをバッグにしまいながら憂鬱になる。
……また余計な事考えてる。
頭の中の不安を振り払うように頬を叩き、その勢いで昔の友達にメッセージを出した。
何度も迷いながら、震える指先を励ましながら、下書きのままになっていたメッセージはふたつ。今さら……という逃げと、どんなに時が経っても謝りたいという悔いとで心が揺れた。
*
四時間のバイトが終わり、麗に連れられてファミレスへ向かった。
「おお~いいね、むーちゃんの食欲!」
鉄板にステーキとハンバーグとエビフライがのったメニューに大盛りライスとスープ、さらには季節のパフェを選んだら麗に手を叩いて喜ばれた。
「へへへ、贅沢ランチ!」
もうお金を貯める必要はないし、我慢もしない。
「私もつきあおうっと」
麗もまるっきり私と同じものを注文した。
料理がくる前に、私は昨日の決心を話した。碧のアパートで見聞きしたことは黙ったままだったが、睦美には傷痕など存在していなかったこと、自分は騙されていたことを伝えた。
「私にできることがあったら言ってよね」
麗は驚くことも、私を止めることもしなかった。まるで私がこうすることを予め知っていたみたいに寛大だった。
「じゃあ、れいちゃん、さっそくなんだけど……」
「なになに!」
身を乗り出した麗に、小さく笑ってお願いした。
「メイクの仕方教えて」
過去、メイク道具を買ったことも使ったこともなかった。
「まかせてよ」
「あと、よかったら、服とか買うのつきあってほしい」
麗の表情が明るくなった。「もちろんだよ」
「それに、私にも協力させて。むーちゃんの汚名晴らすの」
「……心強いよ」
麗を巻き込まないのが一番だ。分かっていても、そんな風に言ってくれる友達がいることが救いになった。
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