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「まずなにをするの?」
痛む胸をそのままに、麗の問いに答えた。
「……私が傷つけた人たちに謝りたい」
過去、私と友達になってくれた古橋さんと池田さん。ふたりには絶対に謝らなければならなかった。
「謝って、許してもらえたら、誤解を解きたいの」
いまさら謝ったところで遅すぎることは分かっていても――
「それをしないと先に進めないんだね?」
「……うん」
麗が私の想いを代弁してくれ、私は涙を堪える。
「連絡先は知ってるの?」
私は首を横に振る。
「SNSのメッセージから声を掛けたの」
視線を合わせることすらできなくなっても、彼女たちを気に掛けてきた。別の高校へ行った古橋さんと、私とは無関係な場所で学校生活を楽しんでいく池田さんを時々確認すると、ほんの少し罪の意識を軽くできた。
「七時に待ち合わせしてるの」
古橋さんとは今日、池田さんとは明日、会うことになった。
「ついていこうか?」
不安な気持ちが表情に出ていたのだろう、麗が私をそっと覗き込んでいた。私ははっきりと声に出す。
「大丈夫っ、頑張る、心の中で応援してて」
……自分のことは自分でけじめをつけないと。
詰られても軽蔑されても、受け止める覚悟なら出来ていた。それだけのことをしてしまったのだから。
「――あっ、きたきた! 食べよっ」
運ばれてきた鉄板を前に拳を振る。麗と再会して初めて友達とカフェやファミレスに入った。家族とも外で食事をすることはほとんどない。なぜなら常に私が我儘を言い、皆を見送って留守番をしていたから。
「美味しいね」
ステーキを次々に切って口に運んだ。古橋さんとの再会を前にしているからか、胸が詰まるような感じがする。けれど古橋さんにきちんと謝るためにもしっかり食べなきゃ、とも思った。
麗に見送られ、私は待ち合わせの場所へ向かう。
指定されたコーヒーショップの前でじいっと、古橋さんがくるのを待った。何度も時間を見てしまう。……すっぽかされたらどうしよう。やっぱり会いたくないって、思ったのかな。
約束の時間を三十分過ぎた頃、目の前に人影ができた。そっと顔を上げた。
「……古橋さん、来てくれて、ありがとう」
涙が、溢れた。
なぜなら古橋さんが泣いていたから。
「ごめん……、古橋さん、ごめんなさい」
気が付くと古橋さんに抱きしめられ、私も彼女も声を押し殺して泣いていた。
目の前の古橋さんは中学生の頃より身長が伸びてスリムな体型になり、優しい雰囲気はそのままに、可愛い女子大生になっていた。
通りを過ぎゆく人たちの好奇の目を避け、私たちは店の中へ入った。
「大丈夫?」
注文の列に並びながら、古橋さんの呼びかけにまた涙が溢れてくる。飲み物を手に空いている席へ座る。
「ひさしぶりだね」
古橋さんの言葉に、うんうんうん、と頷くのが精一杯で、両手で涙を拭って顔を上げた。
「……今日、会ってくれて、ありがとう」
震える声のまま感謝する。「それから、あのときのこと、謝りたくて」
一度ぎゅうっと目を閉じてから、頭を下げた。「本当にごめんなさい。古橋さんのこと傷つけてしまった」
友達を作ることが睦美を怒らせるなんて知らなかった頃、私は、勇気を出して私に話しかけてくれた古橋さんと友達になった。ひとりぼっちじゃない学校生活はただただ楽しかった。毎日を一緒に過ごし、お弁当を食べ、たくさん話をした。ある日の朝、教室の黒板に古橋さんについての落書きがあった。――母親が“人殺し”である、と。
心臓が抉られるようだった。古橋さんに物心がつく前、母親が交通事故の加害者になり刑事罰を受けた。家族で毎年お墓参りに行く日、それが昨日だったのだと打ち明けてくれた、次の日のことだった。
「宮原さん、私も謝りたい」
「えっ」
古橋さんの言葉に、私は肩を上げた。……どうして古橋さんが謝るの?
「最初は……うん、一年ぐらいは、宮原さんのこと恨んでたのは、本当」
「……」
古橋さんはぽつぽつと、言葉を置いた。
「だけど、池田さんのことを見てて、ようやく分かったんだ」
「!」
明日会う約束をしている池田さんの名前が出てきて、私は余計に驚いた。
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