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7.動き出した時間
*
「友達と仲直りできてよかったね」
バイト先の休憩室で、麗があがるのを待って今日のことを話した。古橋さんとのやりとりは昨日のうちにメールで伝えている。
「むーちゃんの友達ならきっと『良い子』だね」
麗は自分のことのように喜んでいる。
「うん、優しくて、良い子たち。昔と同じに」
彼女たちを脳裏に浮かべて静かに答えた。
長年の心の重しは取れたけれど、彼女たちを傷つけ苦しめた過去の出来事が消えるわけではない。ふたりが許してくれ、私の事情まで受け止めてくれたことは奇跡なのだと思う。それを実感するとまた胸がしめつけられる。
「よしよし」
麗が子供の頃のように私の頭を撫でた。
されるがまま、私はその優しいぬくもりに身を委ねた。
「むーちゃんのお墓参り、私も付いて行ってもいい? ついでに旅行しない?」
「……いいの?」
ひとりでは心細く、麗に一緒に行ってほしいと頼むつもりだった。なのに先に誘ってくれるなんて。
「信越方面には一回行ってみたかったんだ!」
「ありがとね」
しみじみ伝えた。
「あとで住所教えてね、最寄り駅でホテル探してみるから」
「そんなこと私がするよ!」
「大丈夫だって。私が楽しみでやるんだから。その代わりむーちゃんは自分のことに専念して」
自分のこと、とはつまり、睦美になすりつけられた数々の不名誉を訂正したいと願ったことを指しているのだろう。
「私ね、れいちゃん、実はずっと『日記』をつけてたの」
鬱積した感情を吐き出す私だけの場所。誰にも話したことはないし、睦美に騙されていたと知らなければ、永遠に隠しておいて、睦美の傷痕を治した後で葬ろうと思っていた場所。
「それを、時期が来たら公開設定にしようと思う」
「私にも読ませてくれる?」
「もちろんだよ」
私はスマホを開き、鍵のかかったブログのURLを麗に送信した。パスワードを伝え、麗のスマホを覗き込みながらページが開いたことを確認する。
「だけど、その前に知りたいよ。どうして睦美はこんなことをしたのか。……謝られても許すことはできないけど」
「うん」
「それまでは睦美に知られないように動こうと思うの。睦美は、すごく頭がいいから、私が事実を知ったことに気づいたらどんな手を使ってくるか分からない」
そうなれば、私の汚名をすすげない。
「外泊は大丈夫そう?」
麗の質問に、どうだろ……、と言葉を濁す。過去、一度も外泊をしたことはない。
「当日、言おうかな、と考えてた。終電を乗り過ごしちゃって漫画喫茶で時間を潰すとかなんとか……」
母には叱られるだろうが、今の私には些末なことだ。問題は睦美の目を誤魔化せるかどうかだ。
「お姉さんが先に外泊すればいいのかな?」
「え?」
「そうすればむーちゃんが外泊したことはバレないよね」
「……うん、そうだね」
そんな都合のいいことが起きればいいけれど……。
「とりあえず運を天に任せて、買い物にいこう」
麗の提案に小さく笑う。「そうだね」
今、考えても仕方ない。
「まずは洋服買って、靴買って、バッグ買って、メイク道具も買ってさ。美容室は旅行の当日に行こう」
「……」
なんでも気が回る麗に感謝する。
「れいちゃん、頼もしすぎるよ」
「ははは。お互い無駄に苦労してきたからね」
「あ、私も、か」
遅れて自覚する。
「状況は違うけどさ。あ、アオくんも同じだね」
「!」
……アオくん、あのあと睦美とどうなったのかな
また考え始め、私は頭をぶるぶると激しく振る。――今は、それどころじゃない。そう自分に言い聞かせて。
なのに……
どういうわけだろう……
旅行の当日、麗と向かった新幹線のホームに碧が立っていた。
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