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私は、ちら、と麗を見た。
……私のこと、どこまでアオくんに伝えてるのかな?
アイコンタクトだけで麗が察してくれた。
「ざっくりとは話してあるよ、けどアオくんもむーちゃんから直接聞いた方がいいだろうと思って」
「……そっか」
私は静かに頷く。
私の身に起きたことはほとんど麗に話した。『碧と睦美が会っている』ということ以外のすべてを。であれば―――
「アオくん、ひとつだけ、聞いてもいい?」
「うん? 何でも聞いて」
私は、声が震えませんように、と祈りながらなるべく明るく聞いた。
「今って、好きな子いる?」
「!」
一瞬にして碧の頬が赤らんだ。
……あ、いるって、ことだ……。それは……
「もうつきあってる、とか?」
「あっ、いや、まだ告白も、してない、し……」
急に落ち着きがなくなった碧から、私は目を逸らして続けた。
「……でも、手応えはあるよね」
「えっ、ある、のか、なあ。あったら嬉しいけど……」
碧は照れる口元に手を添えて、広がっていく笑みを隠した。
「……」
……なんだ、アオくんも睦美のことが好きになったんだ。じゃなきゃ毎日メッセージのやりとりなんかしないか、そりゃ、そうか……
……。
あきらめの笑みが漏れた。
飛び出してきてしまった碧のアパートで、裸になった睦美と碧がその後どうなったかなんて、聞くだけ野暮だ。
「了解」
私は吹っ切るように顔を上げた。「じゃ、私の番ね」
頷く碧と麗に押されるように言葉を繋げた。
「ふたりがいなくなって、突然私にお姉ちゃんができたの、睦美って名前の」
あえて名前を出した。碧が、睦美のことを打ち明けやすいように。
「しかも私とは双子なんだって」
……だから似てるんだよ、睦美と頻繁に会ってるなら私の顔を見てもう気づいてたでしょう?
私はこれから、睦美にどんな目に遭わされてきたかを、碧が好きになった睦美の本性を暴露する。だから、たとえば碧が『俺が好きな子と同じ名前だ』とでも言い出してくれれば、碧の気持ちを傷つけないように努力しようと思う。
「……」
「……」
けれど碧に変化はない。
……名前を出してもまだ重ならないの?
もどかしい気持ちのまま、踏み込んだ。
「睦美も、みんなに“むーちゃん”って呼ばれてる」
碧は静かに頷いた。
「……うん」
!
“うん”って、なに?
「……」
「……」
数秒、眼鏡越しの碧と視線が絡まった。切迫感を伴っている私のそれとは対照的に碧は不安そうに見えた。
!
……もしかして、すべて知ってるの?
睦美が私の双子の姉だということも?
知っていて、気まずくて言い出せないの?
「……」
今、アオくんから言ってくれなかったら私は、どうすればいいの……?
「むーちゃん? 大丈夫?」
麗に背中を擦られ、自分の上半身が丸く落ちていたことに気づいた。
「あっ、うん、ごめん……」
混乱したまま必死に笑顔を作った。
「苦しかったら無理に今言わなくてもいいよ、まだ旅は長いしさ」
麗の気遣いに、作った笑顔が強張った。
――今言わなくてもいい……
いや、今言わなかったらこの先言える気がしない……
重たい額を片手で支えた。
“ここにいる碧”は、私の幼馴染みで初恋で、大切な友達だ。睦美と出会って睦美のことが好きになってしまった碧ではなく―――
自分をなだめるための落としどころを探った。
ファミレスで向かい合う碧と睦美を見たことは幻で、碧のアパートでの一部始終も記憶違いで、私はふたりがで会ってしまったことを知らない―――そう思い込んでみる。
弱く首を振った。
……さすがに、無理があるよ。
麗と碧がコソコソとなにか話している。
焦燥感の中、冷えていく思考で結論を急ぐ。――どうしたらいい?
本当はなにもかもぶちまけたい。睦美のせいで苦しんできた、そのことを碧にも憤ってほしい。睦美を憎んでほしい。私の、味方になってほしい。そんな睦美のことを好きにならないでと叫びたい。……だけど碧は、もう睦美と出会ってしまった。そして私に睦美とのことを隠している。―――それが、碧の答えだ。
だったら私の結論はひとつしかない。
私は、碧には睦美のことを話さないと決めた。
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