1.懐かしい友達

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 私は仕事中だということも忘れ、皿洗いの手を止めて麗に向き直っていた。麗は私が出しっぱなしにしていた水道の蛇口を笑いながら止めた。 「何度か手術をして、今は日常生活が送れるようになったんだって。あれからしばらく音沙汰なかったけど、少し前にまたハガキが来て帰国するって書いてあったよ」 「……手術成功してよかった。ずっと心配してたんだ」  喉元が一瞬、詰まった。 「……」  麗には近況を報告していたと知り寂しさは隠せなかったが、碧の目が見えるようになったことは嬉しかった。 「れいちゃんもアオくんも、私にとって本当に大切な存在だったからさ」  ふたりが元気だったならいい――そう思い直し、複雑な感情に蓋をした。麗が考え込むような顔つきになった。 「あのさあ、もしかしてと思ったんだけど」 「うん?」 「うちらの手紙って届いてた?」 「?」  一瞬、意味が分からなかった。 「私は中学の途中まで手紙も年賀状もしつこく出してたし、そこに一方的な報告とか書いてて、だから『琴乃』って店名から察してむーちゃんがバイトにきてくれたんだなって思ってたんだよね。けど違うみたいだし」 「え……」 「アオくんも、お母さんの代筆でむーちゃんに何度も手紙出したって聞いたけど」 「!」  動揺のまま、青褪めた。 「私、知らない。……ふたりから、手紙が届いたことない。ほんと、だもの」  唇が勝手に訴える。 「れいちゃんからもアオくんからも手紙が届くのずっと待ってた。でも来なかったから……」  今日まで、ふたりには忘れられてしまったと思い込んで生きてきた。それでも、大切な思い出として胸に抱いて生きてきた。 「そっかあ」  麗は斜め上を見ながら唸った。 「アオくんがさ、私たちが時間差で引っ越して行っちゃったからむーちゃんは寂しくて、で、怒って返事くれないんじゃないかって言っててさ」 「そんなこと! もちろん寂しかったけどでも怒るとか、そんなのありえないよ」  麗が難しい顔をした。 「そうなると考えられるのは、家族がわざと手紙を渡さなかった、ってあたりかな」 「……」 「むーちゃんの親、お医者さんだし、娘の付き合う友達を選びたかったのかもしれないよ」 「そんなはずない。うちの親は私のことはあきらめ……」  脇から、お願いしまーす、という声と共にシンクの中に洗い物が追加された。麗がてきぱきと捌きはじめ、私も我に返る。 「……」  そこからは無言で仕事をした。けれど頭の中はぐるぐる――、疑心暗鬼な感情が渦を巻き、仕事に集中できなかった。  勤務時間が終わり、麗に「お疲れ様」と労われた。  私は泣き笑いのような恰好になり、それを意識したら本当に涙が滲んできた。 「こうして再会できたし、いいよいいよ」 「うん。――そう、だね」  私は不格好な笑顔で頷く。今更悔いても嘆いても、失った時間は戻らない。 「これでアオくんとも会えるね」 「あ、でも、……怒って、ないかな」 「それを心配してるのはアオくんの方だろうけど、とりあえず事情も事情だから私から経緯説明しとくよ」  麗が提案してくれ、ずるいけれど私はほっとした。  しんみりした私に麗が「ん?」という表情をした。つられて「ん?」と返す。 「ちょっと待って。アオくんだけじゃなくてむーちゃんにとってもあいつが初恋なの?」 「えっ!」  途端に赤面して、言わずともバレてしまった。 「なんだ! そうだったんだ! 早く言ってえ」 「いや、あの、それは……」 「よし。私にまかせて」  胸を叩く麗に慌てるが、時すでに遅しだった。……どうかアオくんの迷惑になりませんように。  心の中で祈った。
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