1.懐かしい友達

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   *  ――――ただいま  唇の中でもごもごと言って、リビングを通り過ぎ階段に向かう。 「おかえり。今日は睦美が遅いから、お風呂入っちゃいなさい」 「うん」  いつものように母の言葉を背中で受け止め――はっとして足が止まった。睦美がいないなら母と話せる。 「どうかしたの?」 「……」  けれど母と向き合うと、途端に喉が閉じたようになった。父も母も甘え上手で華やかな睦美には目尻を下げる。そして陰気で無口な私には眉を顰める。同じ娘なのに愛情は均等ではない。  「っ」  そのことに私がどれだけ傷ついているか、どうか気づいてと、睦美に隠れていつも信号を送ってきた。だけど両親が私の願いを受け止めてくれたことはなかった。 「なんでも、ない」  素直にはなれなかった。踵を返すと、後ろから深い溜息が聞こえてきた。  私は唇を噛んで、階段を駆け上がった。    *  ……。  浴槽の中で膝を抱える。  ……やっぱりさっき、聞けばよかったな。  せっかく母とふたりだったのに、抑圧された劣等意識でチャンスを逃してしまった。  麗と碧の手紙はどこにいったのか、なぜ私に渡してくれなかったのか、考えれば考えるほど悶々としてしまう。  麗とは町内の“子供会”で出会い、麗が引っ越してしまう八歳の頃まで誰よりも親しい幼馴染だった。父と母もそのことを知っている。碧には会ったことはなかったが、碧の母が気を回し、子供たち同士が親しくなった経緯を説明したいと我が家へ来たことがあった。その当時の和やかな雰囲気を覚えている。決して子供の交友関係に不満があるという態度ではなかった。――けれど現実に麗と碧が送ってくれた手紙を、私は知らない。  あああ。  湯舟の湯を顔にばしゃばしゃとかけた。  考えても、親の真意が分からなかった。  ……でも、よかった。  私は泣きそうになる。  ……れいちゃんにもアオくんにも、忘れられてたわけじゃなかった。  ふたりは私が私らしく過ごせていた頃のの友人だった。碧が海を越え続いて麗が引っ越していき、それと入れ違うようにして睦美が現れた。   ++ 「―――実はね、麦には双子のお姉ちゃんがいるのよ」 「ええっ?」  両親からの衝撃の告白に、目の玉がでんぐり返った。 「病気でね、空気のきれいなところじゃないと治らないからって、今までが育ててくれていたの」  母の言葉の響きから、いつも自分を可愛がってくれるのことではないと察した。 「ママの、お父さんとお母さん?」 「そうよ」  母方の祖父母はとても遠くに住んでいて会えないのだと聞かされていた。 「睦美ちゃ――、麦のお姉ちゃんの名前は睦美っていうのよ」 「……う、うん」 「睦美ちゃんの病気も治って、今度は一緒に暮らせることになったの。麦、今まで会えなかった分、お姉ちゃんと仲良くしてね」 「……う、うん」  なぜ今まで隠されてきたのか、なぜ今まで会えなかったのか聞きたいことはたくさんあった。けれど言葉を呑み込んだ。衝撃が強すぎたせいもあるが、両親からただならぬ緊張が伝わってきたのだ。突っ込んではいけない――そう思わせる空気があった。  夏休みに入ってすぐ睦美と対面した。  鏡を覗き込んだような自分そっくりの顔が不思議で、くすぐったい気持ちになった。 「はじめまして、むつみお姉ちゃん! 私は麦だよ!」  両親に言われていた通り、率先して睦美に近づいた。  だが警戒心をまとった睦美はなかなか笑ってくれなかった。 「……」  黙ったままの睦美に不安になり、私は両親を見上げた。 「……やっと四人家族になれて良かった」 「……心配はいらないよ」  両親も、言葉と表情が噛み合っていなかった。 「――麦、睦美お姉ちゃんと遊んでらっしゃい」 「――麦がいろいろ教えてあげて」 「――睦美お姉ちゃんも連れて行くのよ」  両親から日に何度も睦美を託され、私の生活は睦美中心になっていった。  私はひっきりなしに話しかけた。けれど睦美は閉じた口元で静かに笑うばかりだった。睦美と早く仲良くなりたくて、家族のこと学校のこと友達のこと、近所のこと、私自身のこと――、大切なことから些細なことまで目についたもの思いついたものを言葉にし続けた。  
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