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7.思念
これまで何度か事故物件と呼ばれる家を調査したことがあるが、特別な理由がない限り調査時は1階から順番に見て回るのが常だった。
だが不思議なことに、なぜか今回は2階から見て回らないといけないという気になった。初めての経験だ。
持参したスリッパを履き、自身でもよくわからない焦燥に駆られて階段を上がる。漂う血の臭いは吐き気を感じる程に濃度を増し、ついには臭いの原因となる場所が鼻で察知できた。
(あの2部屋……)
2階には部屋が3つあるようで、不快な臭いは右手側の2室から漂っている。再び不思議な力を感じた私は、まるで誰かに呼ばれるように奥の部屋に歩を進めた。
古びたドアノブに手をかけると鈍い頭痛に襲われた。あまりの痛みに手を引っ込め、気を落ち着かせようと安易に深呼吸をしたのが間違いだった。深く息を吸ったため、血生臭い空気が一気に体内を満たした。吐き気が止まらない。
しばらく息を調えることに集中し、頭痛と吐き気を懸命に堪えながら意を決してドアを開けた。
(惨い……)
室内には惨たらしい光景が広がっていた。
子ども部屋だったのだろう、全体的にピンクを基調とした可愛らしい部屋だ。
しかし愛らしいはずのその空間の所々が、鮮血に染められていた。部屋の隅にあるベッドが凶行の現場だったのだろう、小学校低学年ぐらいの女の子が血の海に横たわっている。
目は白く虚ろに濁り、何度刺されたのだろう、体中から血が流れ出ている。深く切り裂かれた喉からはヒューヒューと細い息が漏れているが、コポコポと溢れる血流の音の方が大きく聴こえる。
懸命に助けを求めているのだろうが、切り裂かれた喉は声を発する機能を失い、血の気のない口がパクパクと動くだけ。それなのに私の耳には、泣きながら助けを求める彼女の声が聴こえた気がした。
あるはずのない光景、聴こえるはずのない音や声に思わず叫ぶ。
「そんなはずはない!!」
叫びながらやにわに指輪を引き抜いた瞬間、景色が一変する。先程までの可愛らしい部屋とは打って変わって、壁が茶色にくすんだ家具も何もない殺風景な部屋だった。埃とカビの臭いだけが漂っている。
当たり前だ、かつての惨状をそのままに売りに出されることなどあるはずもない。
事前調査でわかったのは、詳細は伏せられていたが一家心中は15年以上前の出来事だということ。当時の惨状の思念と残響が私を襲い、あるはずのない光景がまざまざと再現されてしまった、とでも言うのだろうか?
「事あるごとにこんな光景を視てたのか……」
強すぎる霊感を身に宿していた親友に思わず同情した。彼が残した指輪の力で過去最低最悪の残留思念を受信した今、真の恐怖と苦悩を知った。
「今までとは比べ物にならない……」
指輪を填めた先の世界で渦巻くは、悪意と血の濁流。
これ以上留まっては濁流に飲み込まれ、蝕まれてしまう。危険を感じた私はすぐに部屋を飛び出した。
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