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10.見落
Mise『目を覚ました時には人形の姿はありませんでした』
正体不明の釈然としない感覚が胸に残っていたため、報告書をまとめた後にしおりさんに連絡を取った。何度思い返しても心の靄を払うことができなかったため、しおりさんと話すことで何かきっかけを掴めないかと考えたのだ。
Shiori『フランス人形がどこに行ったかは気になりますが、考えても詮無きことなんでしょうね』
Mise『何をどう考えても推測の域を出ないですからね』
Shiori『相談者のご友人のことは?』
今回の依頼の本来の肝である。
フランス人形に宿った彼女の話に偏重してしまったが、依頼を達成するには吉田氏の霊障をどうにかしなければならなかった。
しかしこちらは知らず解決していたのである。
Mise『事の顛末を話すため湯地氏に連絡をしたら、吉田氏が正気に戻ったとの報告を受けました』
Shiori『正気に戻った? 失礼ですがまだ解決に至ってないと思うのですが……』
少し間をおいて打ち込まれたメッセージに思わず苦笑する。失礼でもなんでもなく、結果的に私はフランス人形に宿った彼女と話し、気絶していただけだからなあ。
Mise『これも推測の域を出ないんですけどね、私が思うに――』
状況を確認するために吉田氏に会いに行ったところ、人形の幻影を視ることはなくなり、すっかり元気を取り戻していた。
改めて今回の一件について話を聞いたところ、吉田氏のとある言葉が引っかかった。
――暗い部屋の中でリアルな人形を持ってるのが急に怖くなって、床に放り投げたんです。
私を呼ぶため彼女は湯地氏と吉田氏を利用したのだろうが、最後の最後にそんなぞんざいな扱いを受けるとは思ってなかったはずだ。
Mise『放り投げるという吉田氏のぞんざいな扱いが、昔の出来事に重なったのではないかと考えてます』
ちょっとした罰のつもりだったのか、それとも呪殺するつもりだったのか。今となっては確かめようもないが、彼女の念によるものだったのは間違いないだろう。
Shiori『それを、陽木さんに免じて解放してあげたということですかね?』
Mise『真相は闇の中ですがね……』
他の可能性を考えていたのだろうか、しばし空白の時間が続いてこんなメッセージが打ち込まれた。
Shiori『彼女が最後に残した言葉の意味、陽木さんにはわかってるんですか?』
――呪うまでもない儚きあなた
Mise『いやぁ、それがさっぱりなんですよね』
Shiori『そうですか……』
嘘をついた。画面越しでなければ、顔の引き攣り具合でバレてたな。
Shiori『でも少し、ほんの少しですけど、坂本さんの失踪に繋がりそうではないですか?』
Mise『そうですね。結局詳しい話は聞けませんでしたけど、あの人形に呼ばれたことはただの偶然ではないと思います』
仕事があるので如何ともし難いが、積極的にフランス人形の行方を追うのが今できる唯一にして最大の近道だろう。
Shiori『お役に立てるかわかりませんが、私もフランス人形の情報には注意しておきますね』
Mise『いえ、1人では限界がありますのですごく助かります』
お礼を打ち込んですぐ、今回の件とは関係ないが、あることを思い出して世間話がてら打ち込んだ。
Mise『そういえばしおりさん、フランス人形ではないですけど、ビスクドールの小説を書いてましたね』
Shiori『はい! お読みいただけて光栄です!』
Mise『自称ですがファン1号ですからね』
こういった何気ないところで繋がっているのが、私達が長く程よい距離でいられるポイントなのだ。
Shiori『名残惜しいですが、明日朝イチで打ち合わせがあるのでそろそろ……』
Mise『あっ、すみません! 急な申し出でしたのに、お付き合いいただきありがとうございました!』
Shiori『いえ、こちらこそありがとうございます』
――Shioriが退室しました
しおりさんの退室を見届けて、ログアウトするのも忘れてぼんやりする。
気晴らしにはなったが、何一つ解決することがないチャットだった。仕事を続けながら、やはり地道に解決していくしかないのだろうか?
今回の依頼を再度思い出すと、様々なことが頭の中をグルグルと飛び回る。
「しおりさんの言葉を借りるなら、考えても詮無きこと、か……」
怒涛の数日間にすっかり精根尽き果てた私は、事務所のソファーに横になり、珍しく泥のように眠るのであった。
◇
「聡明なあの人が気づかないなんて……」
窓辺に佇む彼女は、穏やかな微笑みを浮かべて月を眺めていた。
Case.2 報告終了
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