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4.私有地
数日後、私が乗る車は山道を軽快に走っていた。
「この山の全部が稗田礼央の所有物だってんだから驚きだよな」
「金ってあるとこにはあるんすね」
運転手を務める楠本が憎々しげに頷きながら、バッグミラーをちらりと見て言った。
「今さらなんすけど、ホントにいるんすよね?」
「ああ、いるよ」
「それならいいっすけど……」
こんな山の中まで来て空振りに終わってはたまらん、という懐疑も混じった目をしている。
「あれっすね!」
「そうです」
麓の公道から10分くらい走らせただろうか、自然豊かな森には似付かわしくない大きなゲートと、『この先、私有地につき立入禁止』と書かれた看板が見えてきた。ゲートの脇にはご丁寧にインターホンまで設置されている。
楠本が運転席の窓を開けインターホンを押す。
『はい』
待ち構えていたように素早い返答だ。
「昨日お電話させていただいた、大泉署の楠本孝雄です」
『ゲートを開けるので中へどうぞ』
警察の訪問など気持ちのよいものでないことは確かだが、それにしても不愛想な声だ。
電動で開くゲートに感心しながら、運転席の窓が閉まったのを確認して話しかけた。
「今走ってる道もだけど、ちらほら監視カメラがあるな」
「そうっすね。インターホンもカメラ付きでしたし、門柱のとこにもカメラがあったっす」
「それにあの電動式のゲート。金をふんだんにかけてまで他者に入り込まれたくない何かがあるんだろうな」
「先輩に言われて調べた情報が役に立たないことを祈ってたんっすけどね」
「残念ながら役に立つんですよ……」
再び車を走らせていると、すぐに建物が見えてきた。小説やドラマでありがちな山奥の豪華な洋館などではなく、少し大きめではあるが普通の戸建て住宅といった感じだ。フェラーリだろうか、建物横には高級そうな車が停められていて、奥の方には古びた倉庫が見える。
山道のカメラ、電動式のゲート、一般的な戸建ての家、フェラーリ、古びた倉庫、これらに言い様のないチグハグさを感じる。
車を降り、キーを受け取りつつ玄関へと向かうと、こちらがチャイムを鳴らす前にガチャリとドアが開いた。
「こんにちは。稗田礼央です」
「急な訪問で申し訳ございません。大泉署の楠本と、捜査協力者の視世さんです」
警察手帳を見せながら、楠本は嘘にならない範囲で私を曖昧に紹介した。そう、今日の私は捜査協力者だ。具体的には目撃者という体で同行している。
「どうぞ中へ」
金の指輪をきらりと光らせながら中へと促す稗田氏の案内に、私達はぞろぞろと歩を進める。
外観と同じで、内装も特別豪華というわけではない。もしかしたら庶民の私にわからないだけで1つ1つの家具や調度品が高級なのかもしれないが、シャンデリアやショーケースのような、これ見よがしに高級そうな物は見当たらない。
辛うじて私でもわかるのは、ホストらしくという言い方は差別的かもしれないが、棚やテーブルに置かれている腕時計を始めとしたアクセサリー類は高価そうであるということだけだ。
「コーヒーでいいですか?」
「どうぞお構いなく」
通されたのは応接室などではなく、ごくごく普通のリビング。腰かけたイスがもしかしたらアンティーク家具なのではと思ったが、ただ年季が入った一般的な物のようである。
「それで、今日はどういったご用件で?」
3人分のコーヒーをカチャカチャと配膳しながら、稗田氏は警戒心の強い目でこちらを見てきた。
「電話で少しお話させていただきましたが、行方不明者の捜索にご協力いただきたくてお伺いしました」
窓の向こうの景色を注視する私をよそに、楠本は手帳を広げ丁寧に応対する。挟んでいた写真を稗田氏にスッと差し出したようだ。
「こちらの女性、ご存知ですよね?」
「はい」
とぼけるのは怪しいと判断したのだろう、稗田氏は平然と頷いた。
写真の中で微笑む純朴そうな女性。デザイナーになるために上京してきた学生だが、都会の誘惑に飲まれてホストクラブに通うようになったと聞いている。
「最近来ないなって思ってたんですけど、もしかして行方不明なんですか?」
よくもいけしゃあしゃあと。
「ええ、実はそうなんですよ。聞き込みを続けているうちに、稗田さんと仲睦まじい様子だったことがわかったので、こうしてお伺いした次第で」
「警察相手に隠したり嘘ついたりしてもムダだろうから正直に言いますけど、確かに俺はこの子とお付き合いしてました」
「その言い方、別れたということですか?」
「いや、1ヶ月ぐらい前から連絡が取れなくなったんです。付き合って日も浅かったし、会う時はいつも外だったから家も知らなくて、八方塞がりで……」
手に触れる指輪の感覚を確かめながら俯いた。深い溜め息を吐いて哀愁を誘う稗田氏だが、残念ながら私に嘘は通用しない。
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