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5.拒絶
「実はですね、視世さんが、あなたの車にこちらの女性が乗っているのを1ヶ月ぐらい前に目撃してるんですよ」
この言葉に稗田氏は初めて激しく取り乱した。
「そんなはずはない!!」
突然のの大声で場が静まり返る。しかしすぐにハッとし、稗田氏は誤魔化すように取り繕うようにコーヒーを飲んだ。
「どうしてそんなはずはないんですか? お付き合いされてたなら、一緒に車に乗っていても不思議ではないと思うのですが」
「い、いや、ほら、酒を飲む仕事だからさ、出勤は車でするけど、帰りは完全に酒が抜ける昼以降になるからさ、車で出かけたりデートしたりってないんですよ」
しどろもどろになりながらもそれっぽい言い訳をする稗田氏だが、嘘はやめてほしい。頭が痛くなる。
「お休みの日にデートしたりは?」
「そっ、そん時も外で落ち合ってたから、車に乗せたことないんだよ」
「あんなに立派なお車に女性を乗せないんですか?」
「お、俺の勝手だろ、そんなの!」
あまりにも挙動不審すぎるが、残念ながら挙動不審だということは確たる証拠にはならない。
ここで私は切り札を出すことにした。
淹れてもらったコーヒーを一口啜り、切り出す。
「もしかしたら私の見間違いかもしれませんね」
「そっ、そうだよ!」
私の言葉に安堵する稗田氏だが、すぐにまた取り乱すだろう。
「では私はお役御免でしょうから、これ以上捜査の邪魔をしないよう、お庭を散策させていただけないでしょうか?」
「だっ、ダメだ!」
「え、ダメですか? 同席してもお役に立てないですし、勝手にお宅の物に触れたりしませんから」
「勝手なことは困る!」
何を言おうと頑なに拒否する稗田氏だが、ここぞとばかりに楠本が援護射撃をする。
「ここまでの道のりで監視カメラも多く、ゲートまで設置されてましたが、何か見られては困るものでもあるのでしょうか?」
「山の中に家がこの1軒だけしかないから、肝試しみたいな感じでやってくるヤツが多かったんです」
観念したように呟く様子に嘘はないようだ。少し落ち着いたのか丁寧な口調に戻っている。
「俺が生まれてすぐに両親が事故で亡くなって、俺はじいちゃんに育てられました」
そのお爺さんが5年前に亡くなり、所有してた山ごと遺産として相続して暮らしているのだという。
「職場近くに安いアパート借りてますけど、じいちゃんとの思い出が詰まった家が好きなんで、時間が許す限りはこっちで暮らしてるんです」
昨日は休みだったと聞いているので、今日はこちらの家でゆっくり過ごしていたのだろう。
「肝試しに来るヤツもいれば不法投棄しにくる業者もいるし、ひどい時には木を切って持って行かれたりもしました。だからゲートを設置して勝手に入れないようにして、カメラを設置して逐一スマホで監視できるようにしたんです」
聞けば聞くほどもっともらしい理由だが、微かに感じる頭痛が100%の信用を拒絶する。
しかし大人しくしていては来訪の意味がない。ここらが攻め時だろう。
「この窓から見える範囲で行動します。お宅の物には手を一切触れませんので、外の空気を吸わせてください」
意を酌んだ楠本も再び援護射撃を入れてくれる。
「稗田さん、私からもお願いします。ここから先は少し個人情報が関わる話も出てきますので」
これ以上の拒絶は難しいと思ったのか、稗田氏は「この窓から見える範囲ですからね!」と念押ししながら渋々許可してくれた。
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