Case.3 透けた依頼

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6.Side 楠本  学生時代から先輩の連絡は急だった。よく聞く「飲んでるからお前も来い」なんて呼び出しは可愛いもので、ひどい時には「ラーメンを食べに行くぞ」と呼び出された挙句、県を2つ跨いだことがある。それも真夜中出発。  自由奔放というか傍若無人というか、普通の人間なら社会に出て丸くなるはずなのに、良くも悪くも先輩は変わらない。だからこそ先輩と話す時は無意識に学生時代の口調に戻ってしまうんだろう。 ――不法侵入にならないように私有地に立ち入るにはどうしたらいい?  年単位で久しぶりだった電話の第一声がこれだ。久しぶり!とか、元気にしてた?なんて挨拶なしに、自分の用件だけをストレートにぶつけてくる。  要所要所を巧みに誤魔化してくるので先輩が引き受けた依頼の中身はわからないが、心霊がらみであることはまず間違いないだろう。  先輩はよく言う。 ――詳しくは言えないけどさ。  普通の人なら、言いにくいことがあるんだろうと言葉通りの意味に捉えるんだろうけど、俺にはわかってしまう。  言えないのではなく、言っても理解してもらえないという、優しい拒絶だ。  幽霊が視えるだなんて、本気で信じる人の方が少ないだろう。学生時代によく怖い体験談を聞かせてもらったし、確かにリアルな内容だったけど、付き合いの長い俺でも全部が全部信じきれてるわけじゃない。  賢すぎる先輩のことだから、俺が100%信じてるとも思ってないはずだ。その上で、いや、それでも俺を信用して、話せる限界のラインまで歩み寄って話してくれてるんだと思う。 ――後で情報を送るからちょっと調べてみてくれ。  話の終わりにそう言った先輩から、小一時間もしないうちにメッセージが入った。  そこには女性のものと思しき人名がいくつか並んでいた。  そしてすぐに次なるメッセージが届く。 『さっきの名前、行方不明者届が出てる人達だと思う。行方不明者の捜査ってことなら怪しまれないだろうから、ちょっと調べてみて』  いろんな意味で溜め息が出る。  まず、行方不明者届という言い方だ。普通の人は捜索願とか家出人とか言う。けど平成22年からだったかな、『行方不明者発見活動に関する規則』というものが施行されたため、関係する用語の整理も行われ、家出人は行方不明者、捜索願は行方不明者届と呼ぶように変更された。 「どこで知るんっすか?」  思わず苦笑いが出てしまう。  そしてもう1つ。 「まさか全員ヒットするなんて……」  言われるがまま、データベースにアクセスして調べたところ、メッセージ内にあった名前のすべてが行方不明者としてヒットした。  本来なら上司なり相応しい人に報告すべきなんだろうけど、着信履歴の1番上の人に折り返してしまう。  それからも紆余曲折ありつつ、こうして稗田礼央を尋ねることとなった。  先輩は「じゃあすぐ玄関から回ってきますね」と言い残し、部屋を出て行った。 「すみませんね。目撃情報が間違っていたのなら、彼は一般人なのでこれ以上の話を聞かせるわけにもいかないので」 「いえ。それよりも早く済ませてもらえませんか?」  冷静を取り繕ってるのがバレバレだ。退室する先輩を執拗なまでに目で追ってたし、窓の外に現れるのを今か今かと待っているようだ。 「わかりました。では、彼女に最後に会ったのはいつですか?」  質問の直後、先輩が窓の向こうに現れた。  呑気に空を見上げながらゆっくり散策するだけの先輩を見てホッとしたのか、稗田礼央は落ち着きを取り戻し、スマホを取り出して操作する。 「えっと、最後にメッセージが来たのが……」  稗田礼央が俺に視線を戻したその時だった。  部屋からは死角になる場所に隠していたのだろう、工事現場で使うような大きいスコップを持った先輩が、庭の奥の何の変哲もない場所に早足で移動し、土を掘りだしたのだ。  明らかに約定を違えた行為だけど、あそこまでやるからには何らかの意味と目的があるのだろう。  俺ができるのは時間を稼ぐことだけだ。 「メッセージを見せてもらうことはできますか?」 「はい、この辺のやり取りだけであれば」 「えっと、ああ、今日は楽しかったとあるので、この日が最後に会った日になりますかね?」  先輩の奇行を悟られないよう、必死で視線をスマホに誘導する。  だけど、長くはもたなかった。 「ああっ! やめろぉお!!」  話が切れたタイミングで窓の方を見やった稗田礼央が、大声で叫んで立ち上がった。
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