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7.証言
退室してきた私は、楠本から受け取っておいたキーで静かにトランクを開け、準備しておいたスコップを取り出した。
「あそこで間違いないですね?」
部屋からは死角となる場所に一旦スコップを置き、確認をする。
「はい」
これ以上はない証言を得たため、計画を実行する。
まずは普通に散策している姿を見せなければならない。
部屋から見える場所に姿を現すと、引き攣っていた稗田氏の表情が少し弛んだ。
空を見上げながら窓から見える範囲をぶらぶらしていると、ついに稗田氏の視線が私から外れた。楠本がうまく誘導してくれているようだが、長くはもたないだろう。急がねばならない。
何の気なしに建物側に歩み寄り、立てかけておいたスコップを手に取る。そのまま足早に、先ほど確認した場所へと急ぎ、静かに、だが素早く穴を掘り始めた。
「急げ、急げ、急げ……」
焦りのあまり小声で繰り返す。
「大丈夫です、まだこちらを見てません!」
穴掘りがバレて止められる前に必ず到達しなければ、証拠にならない。ただただ不法行為に終わってしまうだけだ。
だが、天が味方したのかそれとも楠本が思いのほか粘ってくれたのか、気づかれる前に対面することが叶った。
「こうして会うのは初めてですね、葦原友梨佳さん」
「こんな醜い姿で申し訳ないです」
すぐ隣で葦原氏が苦笑した。
挨拶が終わると同時に、室内から「ああっ! やめろぉお!!」という怒声が聞こえた。乱暴に窓が引き開けられ、稗田が裸足のまま駆け出してくる。
「貴様ぁ! なんてことを!!」
「なんてことを!はこっちのセリフですよ。稗田さん、どうしてあなたの家の庭に葦原友梨佳さんの遺体が埋まっているんですか?」
そう、私が掘った先には、腐敗が進んだ葦原氏の遺体が埋まっていた。
来所したあの日から彼女はずっと霊体で私の傍におり、こうして犯罪を暴く道案内をしてくれたというわけだ。
少し遅れて楠本もやってきて、穴の中を確認して稗田を振り返った。
「詳しい話を聞かせてもらいましょうか?」
正規のやり方ではなかったが、さすがに庭から遺体が出てきて「証拠能力なし!」とはならない。私にとっては当然の結末だが、半信半疑だった楠本からするとようやく一安心だろう。
「なんでだ……」
「え?」
「なんで埋まってる場所が正確にわかった⁉ 誰にも見られてないはずなのに!」
なるほど、これだけ広大な敷地でピンポイントに掘り返されたのが不思議でたまらないのだろう。
ここはいっちょう正直に答えてやろう。
「信じられないかもしれませんがね」
「あ?」
「私、幽霊が視えるんですよ」
「て、テメェ、なに言ってんだ!?」
まあ「霊が視えるんですね、じゃあしょうがないですね!」とはならないよな。
「あなたから金を巻き上げられた挙句に殺された女性達の霊が、私に教えてくれるんですよ」
「ふっ、ふざけ――」
「あの木の下には、松岡留美さんが眠ってますね? あちらの岩の横には菊谷真帆さんが、あちらのプランターの下には倉田――」
「やめろ! やめろぉ!!」
次々と遺体の眠る場所を暴く私の声を聞き、顔を真っ青にした稗田は耳を塞いで蹲った。
「先輩、ホントに……?」
楠本がスマホ画面と私を交互に確認しながら尋ねてくる。今私が連ねた名前は、いずれも行方不明者リストにある名前だ。
「この指輪のおかげだけどな、俺にはしっかり視えてるし聴こえてるよ」
こめかみをグイグイと押して頭痛を緩和しながら言う。
「こうやって役に立つこともあるけどな、視えない、聴こえないってのは幸せなことなんだよ」
今の私は、葦原氏を含む6人の女性の霊に囲まれている状態だ。
1番最後に殺され埋められた葦原氏以外の女性は、恨みや憎しみや悲しみの念が大きくなりすぎて、まともに話せる状態ではなかった。
辛うじて自分の名前と埋められた場所を念で飛ばすことはできたようだが、それに乗じて当時の惨状や恨みの念までもが私の頭に流れ込んできて、破裂するのではないかと思う程の頭痛となった。
「葦原氏は堪えてくれてるけど、あとの5人分の怨嗟を一心に引き受けてるんだよ、今」
葦原氏が「ちゃんと供養してもらうからね」と言い聞かせてくれたおかげで残りの女性霊が大人しくなったため、事情を聞くという体で室内に避難した。
「最初は殺す気なんてなかったんだ」
すっかり観念して大人しくなった稗田が白状した。
「女が金を出し渋るようになって、キレちまったんだ……」
身勝手に激昂した彼は、1人目となる被害者の首に無意識に手をかけていたという。
「正気に戻ったらもう死んでたんだ」
同情の余地など一片もない身勝手で理不尽な殺人だが、これにより彼自身も知らなかった異常性が解放されてしまった。
「興奮ではっきりとは覚えてなかったけど、ぼんやり手に残る感触に高揚してたんだ」
彼は人殺しに目覚めてしまった。金を搾り取っては殺し次の女性を狙う、最低な殺人鬼に成り果てたというわけだ。
しかも稗田の狡猾なところは、身寄りがない女性や家族と疎遠である女性ばかりを選んでいたことだ。
人付き合いが少ないが故に行方不明となったことに気づかれにくく、気づかれた頃にはすでに結構な月日が経過していることが多かった。
現代では街中に防犯カメラが増えてはいるが、事件等で使われることがない場合は長くて1ヶ月、一般的には3日から1週間でデータが消えることが多い。
捜索が始まった頃にはすでにデータが消えているため、嫌疑が彼に及ぶ可能性はかなり低かっただろう。
埋められている遺体の掘り起こしやさらなる捜査が必要となったので、至急応援を呼ぶことになった。
楠本が電話で要請をかけている間に、1つ稗田に確認した。
「いろいろ話を聞かれるだろうけど、同行してた俺が幽霊が視えたからバレたって話すつもりか?」
目をぱちくりさせた稗田だったが、すぐに鼻で笑って返した。
「言うかよ。ただでさえサイコパスなのに、さらにイカれたやつだって思われちまう」
「まあ俺はただの目撃者だからな」
死刑は免れないであろう彼を最後に一瞥して、応援の到着は庭で待つことにした。
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