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10.神隠し
契約書を交わせない相手からの依頼だったので、今回の依頼は報告書をまとめる必要がない。
しかしながら依頼をこなして報告書をまとめるというルーティンを崩したくなかったため、いつものフォーマットに軽くまとめてはみた。
息抜きも忘れない。
Shiori『ワイセというのは?』
日頃は慎ましやかなしおりさんだが、確認すべきことはしっかりと尋ねる芯の強さがある。
Mise『かつて坂本が神隠しにあった際に迷い込んだ場所の名前です』
Shiori『カタカナ表記で合ってるのでしょうか?』
Mise『わかりません。迷い込んだ坂本が見た風景は日本らしさがあったようなので、もしかしたら漢字表記かもしれません』
Shiori『坂本さんと視世さんにしては曖昧な情報ですね』
Mise『ええ。というのも、ワイセと書かれていたわけでも聞いたわけでもなく、思念として頭に流れてきたと言ってました』
Shiori『なるほど、音だけの情報ということですか』
遠く離れた場所にいる顔も知らぬ聡き彼女は、この短いやり取りで把握してくれたようだ。
Shiori『視世さんが言いかけた、道祖神というのは?』
Mise『ここに書くとかなり長くなってしまうので割愛しますが、かつて坂本がワイセに迷い込んだきっかけが、打ち捨てられた道祖神だったんです』
Shiori『ということは倉田さんという女性も、坂本さんがかつて触れた道祖神をきっかけにワイセに行ったことがあるのでしょうか?』
Mise『確かめる時間が足りませんでした。稗田の家はただでさえ私有地ですし、今は捜査のため関係者以外の立ち入りが不可能な状態です』
楠本がうまく取りなしてくれたおかげで特にお咎めはなかったが、取り乱していた私の姿は警察関係者にしっかり見られていただろう。こっそり忍び込むこともできまい。
ほとぼりが冷めた頃には、倉田氏も成仏するか移動するかしているだろう。もうあそこに冷たく身を埋める必要がないのだから。
Shiori『何にせよ、また少し坂本さんに近づいたのではないですか?』
しおりさんの言葉に、キーを打つ手が少し止まる。
Mise『近づいているんでしょうか? ここ最近、急に坂本に繋がる情報が出てきてますが、すべてが曖昧なまま焦らされている気がするんです』
こうしてチャットをしている今も、胸の中には違和感ばかりが渦巻いている。
Shiori『視世さんとしては焦れったく、歯痒い状態なのでしょうね。私なんかには推し量れないくらいに』
Mise『いえいえ、今の私にはしおりさんの存在が1番の支えですよ。誰にでも話せることじゃないですからね』
Shiori『そう言ってもらえると嬉しいです♪』
それから少し雑談を行ない、しおりさんの退室を見届けてパソコンをオフにした。
かつてはしおりさんとの触れ合いがあれば心癒やされていたのに、ここ最近の度重なる坂本への関連情報のせいで、少しも気が休まらなくなってしまった。正体不明の違和感が常に私を取り巻き、不安にさせる。
指輪を外している今、聞こえてくるのは街のかすかな喧騒だけだ。殺風景な事務所の中には、何の存在も視えない。
此度のような悲しき依頼が今後ないことを願いながら、くしゃくしゃになったメモを見返し、いつしか眠るのであった。
Case.3 報告終了
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