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3.誘因
好んで近寄ることはないが、月に数度は噂の家の前を通らなければならないと佐藤氏は言った。
「野球部に入ってるんですけど、他の部との兼ね合いでグラウンドが使えない日があるんです」
学校のグラウンドが使えない日は町営グラウンドでの練習となり、その際に噂の家の前を通らなければならないらしい。
「何か視えたり聴こえたりするわけじゃないけど、不気味だからいつも足早に通り過ぎてました」
しかし彼の平穏な日々が、ある日を境に変わってしまう。
「2ヶ月前、後輩と一緒に帰りました。その後輩と一緒に帰るのはその日が初めてで、普段あまり話す機会もなかったんで雑談が盛り上がったんです」
話が一段落したタイミングで例の家が見えたので、佐藤氏は何の気なしに口にしてしまった。
――あの家で一家心中があったの知ってる?
何気ない雑談のつもりだったが、後輩が予想以上に食いついてきたため、噂話を詳しく聞かせてやったという。
「後輩にその話をしてから1週間後、また町営グラウンドで練習だったんですけど……」
いつものように町営グラウンドを目指し、例の家の前を小走りで駆け抜けようとした時だった。
「中学生ぐらいの女の子の霊が、門のとこに立ってて家を指さしてたんです」
立っていた霊は、近所では見かけないセーラー服を着ていたという。
「人間じゃないことはすぐわかったんで、怖くなって全力で逃げました」
町営グラウンドに到着後しばらくは恐怖に震えていたが、少し落ち着いた頃に部活仲間に話そうとした。しかし「幽霊を視た!」と言っても信じてもらえないと思い、口を噤んで気のせいだと思い込むことにしたらしい。
「けど、帰りも視えちゃったんです。友達と3人で帰ってたんですけど、僕にしか視えてなくて」
堪えきれず「あそこに女の子の霊が!」と訴えたものの、霊の姿を視認できない友人からは「噂話に引っ張られすぎだぞ!」と揶揄われるだけだった。
「それから何度かあの家の前を通ったんですけど、毎回視えるんですよ!」
話しているうちに恐怖を思い出したのか、佐藤氏は自分の体を抱きすくめていた。
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