Case.1 噂を鵜呑みにしてはいけない

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5.虚栄 「ここが噂の家か」  佐藤氏から相談を受けてちょうど1週間後の今日、私は古びた一軒家の前に立っている。聞いていたとおり、日焼けして薄くなった『売家』の貼り紙がドアに貼られている。  錆だらけの門扉に顔を近づけると、探し物はすぐに見つかった。糊か粘着テープかわからないが、ガサガサした白っぽい跡が残っている。 「これが彼が剥がした御札の跡だな」  1週間前のあの日、私から追いこまれた彼の自白は衝撃的なものだった。 ――門に貼られてた御札を剥がしちゃったんです。  本人いわく、剥がすつもりはなかったらしい。後輩の前で見栄を張ろうとして御札に触れたところ、何の抵抗もなく手の平にハラリと落ちてしまったという。 「御札は……さすがにもうないか」  手の平に舞い降りるように御札が剥がれたことに恐怖した佐藤氏。手に乗った御札を敷地内に投げ込み、後輩と一緒に走って逃げた、というのが語られた真実だった。  涙と鼻水を流しながら自白する様子に嘘偽りはなかった。となると、彼が手を伸ばしたタイミングで偶然剥がれ落ちたことになる。 (あまりにタイミングが良すぎるんだよな……)  聞いたところによると、かなり年季の入った御札だったらしい。風に飛ばされたのかもう見当たらないが、風雨に晒され続けた御札はいつ剥がれてもおかしくなかっただろう。そんな物がたまたま彼の手に剥がれ落ちる確率はどれほどのものだろう。 (考えたってしょうがないな)  気にはなるが、考えて答えが出るものでもない。すぐに頭を切り替え、日焼けした貼り紙に書かれた管理会社の名前と電話番号を携帯のメモ機能に保存する。 「さてと……」  管理会社に話を聞く前に、1つやっておくことがある。  私はポケットをまさぐり、古ぼけた指輪を取り出した。内側に小さな黒い石が装飾された奇妙な指輪だ。目を閉じて取り出した指輪を親指に装着し、ゆっくり開眼する。 「君はこの家の子かい?」  傍から見れば門柱に語りかけている奇妙な男に写るだろうが、私の目は俯いているセーラー服姿の霊を捉えている。佐藤氏から聞いていたとおり、中学生ぐらいの女の子だ。  親指に填めた指輪は、失踪した坂本が唯一残していった物だ。信じられないかもしれないが、人によっては装着すると霊が視えるようになるというオカルトアイテムで、もはや呪具に近い品である。  親友が残したこの指輪は、所有者と認めてくれたのか、私の目にも異界の存在を示してくれる。  私には微弱な霊感しかない。そのため普段は嫌な雰囲気を感じ取る程度でしかないのだが、この指輪のおかげで今の職を続けていられる。 (返事はないか……)  声が聴こえるかどうかは霊との波長次第だ。しかしこの女の子の霊は黙って家を指し続けているだけで、そもそも答える意思がなさそうだ。いくつか質問を投げかけてみるも、すべて無反応である。 「しょうがない、とりあえず管理会社に話を聞きに行くとするか」  もう少し粘りたい気持ちはあるが、長時間1人でブツブツ話している男がいると通報されては堪らない。  指輪を外すと霊の姿はスッと消える。毎回味わう感覚なのに、一生慣れることはないんだろうと苦笑し、その場を後にした。
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