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6.潜入
翌日、1本の鍵を手に再び例の家にやってきた。陰鬱とした私の心とは裏腹に、昼前の空はスッキリと晴れている。今日は1日快晴との予報だ。
昨日この場を去った後、予定どおり管理会社へと赴いた。ドライブをしているとたまたま『売家』の貼り紙が見え、ちょうど引っ越しを考えていたので気になった、という虚偽の理由を伝えた。
話中で2つ隣の県名を出したのが功を奏したのか、担当者は例の噂には触れず、間取り図などの資料と一緒に相場よりやや安い金額を提示してきた。
「内覧できますか?」
にこやかだった担当者の顔から笑顔が消えた。しかしさすがはプロ、「えっ、えぇ、まぁ……」と曖昧に答え、わざとらしい咳払いをして気持ちを切り替え、引き攣った笑みで内見希望日を問うてきた。
「できれば明日がいいんですけど」
すると「少々お待ちください」と言って上司らしき人物のデスクへ駆けて行き、短くはないやり取りを行なっていた。
「お待たせして申し訳ございません」
ようやく戻った担当は「明日は私が出張で不在でして、他の者も同行できないみたいで……」と前置きし、こんな提案をしてきた。
「鍵のお預けが可能ですので、ご自由に内覧いただいてもよろしいのですが……」
近年増えてきた自由内覧を装った提案だった。
(担当者が同行したがらないってことは、やっぱり何かあるんだろうな)
最後まで表情が引き攣っていた担当者を思い出しながら、門の前で指輪を装着する。すると女の子の霊が昨日と変わらぬ様子でスッと出迎えてくれた。相変わらず家を指さしている。
「お邪魔するよ」
返事がないことはわかっていたが、何の気なしに声をかける。
すると、昨日は何を問いかけても微動だにしなかったのに、今日は小さく頷いた。
(中に入ってほしくてずっと指さしてたのか?)
預かった鍵を差し込みながら、ふとそんなことを考えた。
玄関ドアを開けると、埃っぽい空気が一気に流れてきた。しばらく換気をしてなかったのだろう。換気が終わるまでしばし待機だなとドアを開けっ放しにしていると、埃っぽい空気の中に異質な臭いを感じ取った。
(鉄臭い?)
幼い頃、切り傷から流れる血を舐めたことがある。口の中に広がる血の味は鉄の臭いを伴って鼻に抜けた。間違いない、あの臭いだ。
屋内で滞留していた空気はあらかた換気されたようだが、代わりに血の匂いは濃度を増していく。
(一家心中があったとはいえ過去の話だ。こんな濃く臭気が残っているはずはない)
ちらりと視線を投げると、門の前には相変わらず女の子の霊が立っている。特に変わった様子はないが、何となくこちらを見ている気がした。
ふと思い立って指輪を外すと女の子の姿が消えたが、それと同時に不快な臭気までも一掃された。
「臭いまで感じれるようになるのか?」
思わず声に出してしまった。これまでも調査時に指輪を使用することは多かったが、臭気を感じ取るのは初めてだったからだ。
多少の埃臭さは残っていたが、鉄の生臭さは感じない。
(指輪の力か、それとも一家心中があったという知識による先入観か……)
新しい発見に驚きながら再び指輪を装着した。
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