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「え、あ……えっと」
「何かあったのか?みんな心配してるぞ、真面目なお前が連絡もしないなんて尋常じゃないって。……ていうか、家の中どうしたんだよ!ぐっちゃぐちゃじゃないか!強盗でも入ったのか?いつもなら、服がちらばってるなんて絶対あり得ないとか言うくらい綺麗好きなくせに」
「……!」
あれ、と。僕はここにきて、ようやく自分の部屋を振り返った。そして、気づく。
部屋の中が、あまりにも汚い。
掃除を一週間、やった覚えがない。洗ってないパジャマやシャツが散乱している。風呂場からはカビくさい臭いもする。今までは水回りの掃除を、一日たりとて欠かしたことはなかったはずなのに。
それに。
――そうだ、俺……仕事、してたんじゃないか。なんで、無断欠勤した?
それは、“彼女”に会うため。毎日彼女に会いたくて、そのためには会社なんて気にしている場合ではなくなって。
いや、そんなことよりも。
「……僕、マッチングアプリで……運命の人、に出会って。その人の家に、毎日行ってたんだ。彼女に会うために、仕事もサボって……そうしないといけないってずっと思ってて」
目の前が、暗くなっていく。ずっと具合が悪かったのだと気づいた。
だって、ここのところシャワーは浴びても、まともに食事をとっていない。睡眠時間だって短い。貧血で、足元がふらつく。思わずその場にへたりこむ。
同時に。
「畑南波さんっていうんだ。年上の、OLで、結婚しようと思ってて。だけど」
「だけど?」
「……なんで僕、彼女の顔が思い出せないんだ?」
おかしい。毎日のように会っていたはずだ。部屋に行ったはずだ。キスをしたし、キス以上のこともたくさんしたのに。
思い出そうとすると、記憶の中で彼女の顔が真っ黒に塗りつぶされる。それどころか、体格も、髪型も、眼鏡をかけていたかどうかさえ思い出せない。
ただただ妙な焦燥ばかりが募る。運命の相手なのに。運命の人であるはずなのに、今すぐ会いに行かなくていいのかと。
――あのアプリ。本当に、AIがやってたのか?
嫌な汗が背中に滲む。
会社に連絡することさえせず、当たり前のように無断欠勤をして、生活の何もかも投げ出して会いに行ってしまう顔も記憶できない人物。
果たしてそんな存在が、本当に人間なのだろうか。それとも。
「お、おい、どうしたんだよ時田!落ち着け、顔真っ青だぞ!」
「あ、あ……藤枝、僕は……」
その時、顔を上げた僕は見た。玄関で、僕を心配してしゃがみこむ藤枝。彼の後ろで、玄関のドアがゆっくりと開いていくのを。
その向こうに立っていたのは。
「克樹くん、どうしたの?今日は、会いに来てくれないの?」
一体僕は、ナニに魅入られてしまったのだろう。
僕の意識は絶叫とともに、刈り取られていったのだ。
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