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彼女の名前は、畑南波。
三十二歳、僕より五つ年上のOLをしているという。年齢に関しては特に気にしなかった。価値観や貞操感が合うのなら、相手がものすごい年上や年下でも構わない。実際、年齢に関してはほとんど希望を入れなかったのだから。
僕は毎日のように、彼女の家に足げく通った。
僕の自宅から駅十個。会社とも真逆の方向なので定期はないし、けして近いわけでもないのだけれど、彼女と会えるならそんな距離も惜しくはないと思えたのだ。
「南波さん!」
「こんにちは、克樹くん。今日も朝からなんて、甘えたさんなのね」
「南波さんが可愛いからいけないんだよ。今日もいいだろ、夜までずっと」
「ええ、もちろん」
朝一番で彼女の家に行き、朝から夜までベッドでいちゃいちゃする。そして、夜の終電前に自宅に帰り、シャワーだけ浴びて就寝する。そういう生活が続いた。
彼女は本当に魅力的だ。何が、と言われるとうまく説明できないけれど。僕にとって足りなかったものを、全部埋めてくれるような存在なのである。そう、長らく探し求めていたパズルのピースが、やっと見つかったと言えばいいだろうか。
――ああ、南波さん、かわいい、かわいい、かわいい。南波さん、南波さん、南波さん……。
あのマッチングアプリに出会えてよかった。使ってみて良かった。彼女とは近いうちに籍を入れよう。そうして、堂々と祖父母に報告しにいこう。きっと喜んでくれるはず。
ああ、でも。祖父母に会いに行く時間も正直勿体ない。ずっと彼女の家で、彼女と二人だけでキスしていたい。他の人に見せるのも残念だなんて、独占欲の塊がすぎるとは思うけれど。
――ああ、寝坊しちゃった。
そんなことが、一週間も続いただろうか。自分のアパートで目を覚ました時、僕は手元の時計が九時過ぎを指していることに気付く。彼女には、朝イチで電車に乗って会いに行くと約束しているのに。
僕はふらつきながらも立ち上がり、ぐしゃぐしゃの布団の上にパジャマを投げ捨てる。洗濯をする時間さえ面倒くさい。そのへんに適当にあったシャツとズボンに着替えながら、重い体を引きずって洗面所へ向かう。
するとだ。まるでそのタイミングを待っていたかのように、玄関のベルが鳴ったのである。
「……誰っすか」
僕が掠れた声で言うと、その人物はドアをガンガンと叩いて言った。
『おい、いるのか時田!俺だ、藤枝だ!』
時田、は僕の苗字。藤枝は――会社の同僚だ。
僕ははっとして玄関の鍵を開ける。そして、一週間ぶりに同僚と顔を合わせることになるのだった。
背が高い眼鏡の彼は、名前を藤枝零児という。同じ大学出身で、揃って同じ会社を受けて入社した、大学時代からの友人だ。彼は僕の姿を見ると、顔を真っ青にして言うのだ。
「おい、どうしたんだよ時田!一週間も会社を無断欠勤して、電話にも出ないで!」
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