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「レオ様、今日はいいお天気ですよ。久しぶりにお散歩しましょう」
従者ペーターの誘いに、レオ様は寝台に横たわったまま「ウー」と不機嫌そうな声を上げて、渋面を作った。
開け放した窓から春風が花の香りを運びこんできたが、それさえも体を動かそうという気力を呼び起こさなかった。
ペーターは少しためらった後、「では私が連れて行って差し上げます」と、レオ様の体を持ち上げた。
AIであるペーターは、怪力の持ち主で、やせ衰えた主人の体を持ち運ぶことなどたやすかった。
レオ様も、自分を縛り付ける寝台から体が離れてみればその心地よさを体感したのか、全く抵抗しなかった。
丘の上へ行く道々、ペーターは「もうこれが最後かもしれない」と心の中で呟いた。
おそらくレオ様の閉ざされた世界の中で一番お気に入りの場所である丘の上に着くと、レオ様の顔にいくらか生気が戻った。
指定席になっているベンチに下ろされると、レオ様は鼻歌を歌い出した。
「世界は回っている。地球は動いている」
丘の上に来るたびにレオ様がその言葉をしゃべるのを、ペーターはもう何十回も聞いていた。
呪文のように繰り返されるその言葉は、生存中にカトリック教会によって抑圧されたため、何も知らないガリレオの本体に憑りついたのだろうか。
村人たちは、ついぞレオ様の正体を知らなかった。
彼らはレオ様のことを丘の上で奇妙なことを口走る愚か者と見做し、子供たちは面白がってレオ様のことを歌にした。
小さな村から発祥したその歌は、真理を訴えた歌詞の力ゆえか長く生き延び、20世紀になると天才ミュージシャンによって立派な曲になり、世界中に知れ渡るようになった。
丘の上の馬鹿ーーフール・オン・ザ・ヒル
(了)
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