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「嫁の機嫌が悪くなるって……」
私は半ば絶句しながら、彼の言葉を繰り返すしかなかった。
田中は頭から手を離し、大きく頷きながら言葉を続ける。
「ほら、家事をこなすのは俺じゃなく彼女だから、家電が故障して困るのも俺以上だろ? だから機嫌も悪くなったみたいで……。最近じゃ俺が話しかけてもろくに返事してくれないし、お昼の弁当もわざと違うメニューにしてくる。今日のリクエストはハンバーグなのに、コロッケが入ってたんだぜ?」
田中は弁当を私に見せつけようとするけれど、話をしながらもきちんと食べ続けていたため、もうコロッケは消えていた。いやコロッケどころか、既にほとんど空になっていた。
田中は結局、私よりも先に食べ終わり「お先に」と言って立ち去った。午後の仕事の準備を、昼休みのうちに始めておきたいらしい。
そんな田中と入れ違いくらいのタイミングで、私の隣に誰かが座る。シャンプーなのか香水なのか、ふわりと心地よい香りを漂わせているので女性だろう。
見れば、同じ部署の後輩だった。
私と目が合うと、少し不思議そうに尋ねてくる。
「今の人って、経理課の田中さんですよね? 西川先輩、彼と親しいんですか?」
「いや、親しいってほどじゃないけど、一応は同期だからな。それより、君こそよく知ってたな、田中のこと」
「田中さんって、高学歴で高身長、おまけに今風のイケメンですからね。一部の女子の間では人気あるんですよ。あくまでも『一部の女子の間』であって、私自身の好みのタイプは別なんですけど」
何やら意味ありげな視線を私に向けるが、その件を掘り下げるつもりはないらしい。
「それより、何の話だったんです? 『家電の反乱』とか『愛妻弁当』とかって言葉が聞こえたような……」
「ああ、それは……」
田中がこぼした家電関連の愚痴。最後の「嫁の機嫌が悪くなった」とか「弁当のメニューが違う」とかまで含めて、手短にまとめて伝えると、彼女は改めて不思議そうな顔をする。
「あれ? だけど、確か田中さんって……」
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