Closer

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 一体、どれほど眠っていたのだろう?  体の節々に違和感を覚えた私は、優しい色を取り戻した懐かしい視界と毒々しい真紅の世界を綯い交ぜにした薄暗い路地裏の隙間から差す光に手を翳す。  誰がが運んでくれたこの場所には、どこか歪なガラクタ達がひっそりと息を潜め、こちらを伺うように覗く。 『ここは……』  状況が読めないまま立ち上がろうとした私は、右足に走る激痛と違和感で両目を瞑って悶えると、徐に足元に意識を移した。 『痛っ……!何、これ……?』  無理やり右足があった場所に捩じ込まれた誰かの左足は、折れて痛々しくなった先を尖らせて私を抉る。普通に立とうとするだけで酷く痛む足を庇いながら座った私は、まじまじとその足を見澄ますと、何処かで覚えのある感触が指先を掠めた。 ──薔薇の……刻印……?  その凹凸は他でもない見事な薔薇の形を呈し、衝撃に打ち震える私の指は左足に刻まれた全く同じ刻印をなぞると、背筋が凍り付いたように鳥肌を立てる。 『オルカ……っ!オルカはどこなの?!』  愛おしい彼の名前を叫びながら辺りを見渡したものの、あの特徴的な金髪も碧眼も捉えることのできない私の視線はゆらゆらと空回りするだけだった。 「このお人形さん、とっても綺麗なのに道の端っこで壊れちゃって……男の子と女の子みたいだけど、バラバラになってたから直してみたんだ」  何処からともなく現れた男女の区別もつかないくらい薄汚い子供が私を指して微笑むと、無惨にも手足がもがれて木片と化したオルカを掲げた。 「目も片方ずつ潰れていたから、まだ形の残っていた女の子に移してさ」  自慢げな子供が楽しげに声を上げてゴミ山に彼を捨てると、耐えかねた私は『やめて……っ‼︎』と悲痛な叫び声を上げる。 『カ……フカ……僕はここに……いるよ』  聞くにも耐えない私の悲鳴がこだますると、生暖かい風が私を包む様に吹き抜ける瞬間、途切れ途切れの声が私の脳内に響く。 『オルカ……?』  喜び半分、悲しみ半分伝うはずのない涙によく似た雨垂れが空から溢れた時、向かいのガラスがキラリと光って私の姿を映し出す。  蒼い瞳と赫い瞳がちょうど半分。  相も変わらないくすんだ金髪。  白けてしまった美しい肌につぎはぎの手足。  破れたドレスを庇うような紳士モノの上着を身に纏った私は、もう二度と彼と離れ離れにならない幸福を噛みしめる。 「なんだか嬉しそうだね、お人形さん」 ──あぁ、そうか……そうだったのね。  この世界に産み落とされた数奇な私達には、優美な楽曲も大勢の観客も豪華なキャストもいらない。 ──『人形には必ず命が籠る。──足の刻印は私の子供である証……美しい薔薇の香りは、いつまでも咲き誇る薔薇のように愛されるおまじないだよ』  消耗品みたいに顔の知らない誰かに薄く愛されるのではなく、お互いを深く愛し合う私達が本当あるべき場所は、きっとこんなにも湿っぽくて陰鬱な2人だけの舞台だった。 ─fin─
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