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 人形職人(パパ)は悔やんでいた。  自分が産み出した人形に孫の名前を付けてやったから、娘の子供が流れてしまったのではないか──と。普通ならばこじつけも良いところだが、残念ながら今の彼にその分別は付かない。  後悔の念に押し潰された彼はそれからぱたりと人形作りを辞め、今日も痩せ細った顔に瞳をぎょろつかせて私達を見つめる。 「お前達もいつか、此処を旅立ってゆくのかい?」  寂しくぼやいた彼は悔しそうに唇を噛み締めると、つつつ……と一筋の涙を溢す。私達にはないその生きた証が机を濡らした時、店のドアに下げられた呼び鈴が軽快な音を立てて騒ぐ。 「どうもどうも、お久しぶりです〜」  嫌に間延びした声に視線を向けると、奇抜な紫色のスーツと、それにお揃いのシルクハットを被った珍妙な男が声を上げる。戯けた様子の割に酷く据わった目をしたその男はまだ若く、齢にして30ほどだろうか? 「おや、ドネーク殿……お久しぶりですなぁ」  すくっと私達を男から庇うように立ち上がったフィリットは、ぎこちなく歓迎を表現しようと両手を広げた。 『ねぇカフカ』 『何?』 『パパ、様子が変だよ』  オルカは透き通る硝子の瞳を曇らせると、立ちはたがる彼の背中からドネークと呼ばれた男を疑わしそうに見つめる。勿論、私もその意見に賛成だ。 『なんか……気味の悪い人ね』  パパの作った人形達が並ぶショーケースに視線を投げた私は、色とりどりの衣装を身に纏ったピエロを見つめる。そう、ドネークはあの腹黒いピエロによく似ている。 「まぁまぁ店主、そう固くならないで……いやはや、ちょいと近くを通ったので、天才人形職人の御尊顔を拝みたくなってね」  ヒラリと帽子に手を掛けて恭しくお辞儀をした彼は、猫が爪を隠すように細めた瞳を一瞬だけ光らせると、フィリットの後ろに隠れる私と視線が絡む。 「おや……そこにある人形は、フィリットさんの新作ですかな?」 「なッ……ま、まぁ……そんなところだ……な」  目敏く笑う腹黒ピエロはつかつかとフィリットを横切って私達の前に歩みを進めると、まるで鑑定士よろしく唸りながら右手を自分の顎に添える。それから「ほうほう……なるほどぉ〜」と楽しそうに声を上げてパパに振り返った。 「こちらのお値段は?」 「……まだ、決まってない」 「ほほう……商品ではないと?」 「まぁ……ね」  顔を引き攣らせて愛想笑いを浮かべるパパの顔を、私は生まれて初めて見た。冷や汗すら浮かべる彼は「それはともかく」と言って話題を逸らそうと目を泳がすも、ドネークは獲物を逃すまいと左手を翳してフィリットの言葉を遮る。 「チャラだ……この人形を、貴方の借財全てと引き換えにお譲り頂きたい」  胡散臭いピエロが発したその声には、有無を言わせないほどの圧が掛かっていた。まるで世界の条理をも引き連れたような堂々たる言葉にたじろいだパパは、ただ闇雲に口を動かすだけで微塵も声はない。 「フィリットさんもご存知の筈。私が買い付けた人形は、あの栄誉あるサンモンレフ歌劇団の一員となることを!」 「それは……」 躊躇うようなフィリットの口調に薄っすらと目を挟めたドネークは、ほほう……と詰め寄るように笑い掛ける。 「勿論立派な演者(キャスト)にしてみせますよ……サンモンレフをよく知っている貴方なら、ちゃんと御理解頂けますよね?」
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