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アンナの娘はベルシック公爵家に嫁ぎ、フィービーという娘が誕生した。
アンナの孫娘のフィービー・ベルシックはリア・ルードウィンクと、とても親しい間柄なのだ。
今から7年前。
その日はフィービーの10歳の誕生日で、レオンスはアンナに半ば無理やり連れられてベルシック公爵家にフィービーの誕生日プレゼントを渡しに行った。
そこで、フィービーとリアが失踪するというちょっとした事件があった。
蓋を開ければ、貴族のお嬢様二人が身分を隠して街に遊びに行っただけ。しかしこれが大変な騒動となり、二人の捜索にレオンスも加わったのだ。
失踪したフィービーとリアを最初に見つけたのはアンナだったが、レオンスも遅れて戻ってきたため、その時にリアと会っている。
もう7年も前のことで、言葉を交わしたわけでもなく、レオンスは遠くからリアを見ただけだから覚えてないだろうと思っていたアンナだったが。
レオンスの反応を見るに、あの日のことをレオンスははっきりと覚えていたのだとアンナは確信した。
「きっと、フィービーの口からもレオンス様のことは聞いていたでしょうし、案外リアお嬢様はレオンス様に親しみを抱いて下さっていたのかもしれませんよ」
アンナは嬉しそうな笑みを浮かべてレオンスを見る。
「……っだとしても、結婚となると話は別だ」
「レオンス様」
アンナの厳しい声がレオンスに向けられる。
黒騎士の師団長として恐れられる今のレオンスに向かって、まるで聞き分けのない子どもを叱りつけるような声を向けることができるのはこの世でアンナ一人だけだ。
そして、自分よりも何倍も大きな体躯のレオンスにためらうことなくずんずんと近づき、レオンスの鼻先に人差し指をびしっと指した。
「さっきからどういうおつもりです? 二百歩譲って、勝手にお手紙を出したことは謝りますが、リアお嬢様はレオンス様をお選びになったんですよ?」
「……それは」
いつになく圧力のかかったアンナの言葉にレオンスはさきほどかららしくもなく言葉に詰まるばかりだ。
アンナが勝手に手紙を出しただけなら「なんてことをしてくれたんだ」とレオンスも一方的に非難することができた。
しかし、まさかのリア・ルードウィンク本人から自分との結婚を受け入れる手紙を受け取ってしまった以上、アンナに強く反論することができないのだ。
「私はフィービーからリアお嬢様のことをよく聞いております。その類まれなる美貌ばかりが話題になりますが、本当のリアお嬢様は非常に慎ましく穏やかで心根の優しい聡明な女性です」
リア・ルードウィンクはその美貌ばかりが話題となる。
その理由は神からの愛を一身に注がれたような見目麗しさだけではない。
リア・ルードウィンクがどのような人物であるかを知っている人間が極端に少ないからだ。
同じ貴族学校に通っていた生徒でさえ、リア・ルードウィンクがまともに喋っている姿を見たことがなかった。
彼女の地位の高さから気軽に話掛ける人間はいない。そして、貴族の交流場である社交界にも現れない。
口数が少なく、特定の数少ない人間としか交流のないリア・ルードウィンクの人間性など他人は知る由もないのだ。
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