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シモンは、レオンスの半裸の上半身をまじまじと見ていた。
そんな趣味は全くもってないのだが、ここまで鍛え抜かれた肉体を拝めることはそうそうない。
幼い頃からレオンスと一緒で、副師団長でもあるシモンが誰よりもレオンスの肉体を見ているというのに、何度見てもその屈強な体躯に圧倒されてしまう。
「レオンス、何度も言ってるだろ? 師団長様が率先して休んでくれないと下の者は遠慮していつまで経っても休憩できないんだよ」
シモンのぼやきにレオンスの動きが止まる。
全身からふっと力を抜いたことで、レオンスの額にかかっていた前髪がさらっと揺れた。
汗に濡れて乱れた前髪から覗いた青い瞳はようやくシモンを映した。
「シモン、何度も同じことを言わせるな。俺のことは気にしなくていい。お前たちは気にせず休めばいい……」
手負いの獣のような鋭い目つきに加え、人を寄せ付けないなんともいえない威圧感を放っているせいもあり、レオンスが並外れた美青年であることは霞んで見えた。
シモンにそれだけ伝えると、レオンスは再び鍛錬を続けようとする。
「……」
しかし、シモンだけではなく四方八方から部下の眼差しを感じて、レオンスは仕方なく額の汗を思いきりぬぐった。
やがて、振るっていた剣を、ため息とともにゆっくりと下ろす。
「……行くぞ」
レオンスの一声によって、シモンを含めた黒の騎士たちは、ぱあっと花開いたような笑顔を浮かべ、併設された食堂へ走りだした。
レオンスは口角を少しだけ上げて、自分の部下を見つめていた。
国民を守り助けることを主な役割とされている白の騎士と違い、黒の騎士はより攻撃的な任務を任されることが多かった。
ケンブル国の安寧を直接的に支えている最も重要なポジションにも関わらず、国民からも、文官たちからも感謝されることはなく、それどころか黒騎士は野蛮だと非難されることも少なくなかった。
どんなに国のために暗躍をしても、表で活躍する白騎士のように直接感謝を述べられることもなければ、笑顔で声をかけられることもない。
黒の騎士の象徴ともいえる師団長のレオンスにいたっては獣のように大きな体躯と本人の愛想のなさも相まって、冷酷で血も涙もない黒の師団長と恐れられていた。
それでも国のため、国民のために常に先頭で戦い続けるレオンスを黒の騎士たちは恐れ多くも心から敬愛していた。
黒の騎士にとって、レオンスは決して冷酷な人間ではない。
誰よりも強くあり続けるために、誰一人騎士が欠けることのないように厳しい訓練を課すことはあっても、横柄な態度を部下に向けることはない。
国を思う気持ち、部下を思う気持ちは誰よりも強く純粋であることを、黒の騎士だけはわかっていた。
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