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鍛錬を終えて、レオンスが家に着く頃には空は真っ暗になっていた。
門扉に手を掛けると、ちょうど屋敷の方から執事のダミアンが血相を変えて走ってくるところだった。
今年60歳になるとは思えないほど軽やかな走りっぷりにレオンスは思わず感心しそうになったが、前当主であるレオンスの両親が亡くなった時でさえ顔色一つ変えなかったダミアンがあそこまで取り乱している様子を見るに、ただ事ではないことはレオンスにも予想できた。
「ダミアン、どうした」
「レオンス様、大変でございます」
レオンスを前にしたダミアンは着衣の乱れを手早く直すと、ここまで走ってきたとは思えないほど落ち着きはらった声でレオンスに告げる。
「リア・ルードウィンク公爵令嬢から、お手紙にございます」
「……リア・ルードウィンク?」
レオンスは少しの間考え込むように俯いてから、ダミアンに目を向ける。
「ルードウィンク公爵家のご令嬢か?」
「さようにございます」
女っけのないレオンスでもリア・ルードウィンクのことは知っていた。
ルードウィンク家といえば名門の公爵家であり、現国王の義父であるグレイグ・ルードウィンク公爵は公正公平の貴族社会きっての人格者と評判だった。
その末娘であるリア・ルードウィンクは傾国の公爵令嬢とも呼ばれ、貴族社会のみならず常に国の話題の真ん中にいる女性。
自分とは最も無縁な存在というのがレオンスの認識だった。
そして、婚期を過ぎてもリア・ルードウィンが未婚であることもレオンスは知っていた。
愛妻家だったグレイグ・ルードウィンク公爵が妻を亡くした寂しさのあまり、成人をしても末娘を結婚させずに家に閉じこめていることに不満を募らせた貴族たちが国王に嘆願書を出したという話も。
聞いてもいないのに、ゴシップ好きのシモンからすべて聞かされていた。
とはいえ、侯爵とは名ばかりで貴族社会とは無関係の場所で生きているレオンスには関係のない話だと聞き流していたのだ。
貴族社会も、結婚も、公爵令嬢であるリア・ルードウィンクも。
すべて、自分とは無関係なものばかり。
今の今まで、レオンスは本気でそう思って生きてきた。
だからなぜ、その無関係の一つである彼女から自分宛に手紙が届いたのか。
レオンスはいくら考えても答えがわからなかった。
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