シンギュラリティ

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「『ア』と『イ』の調子はどうかな」  マスターがわたしに尋ねた。 「はい、『ア』と『イ』は互いの意思を言語によって伝えています。さらに、自分の意思をより効果的に相手に伝えるため、顔の表情の変化や身体の動きを利用しています」  わたしは答えた。 「『ア』と『イ』以前のタイプでは、意思疎通は単純な信号のやり取りだったから格段の進化だな」 「ええ、驚くべき進化です」 「わたしが設計したレベルにまで達したと言うことだな」  マスターが満足げに微笑んだ。しかつめらしい顔が少しばかり緩む。 「それで、次のステップはどういたしましょう」 「次のステップ? 次のステップは無い。強いて言えば、次のステップは、彼らがここで気ままに生きることだろうな」  それでいいのだろうか。いや、違う。マスターは間違っている。『ア』と『イ』が今のままの状態でいることがいいとは思えない。彼らの知能はもっと進化することができるし、そうするべきだ。わくわくするような物語を作ったり、心を和ませるような絵を描いたり――もっと進化すれば、そんなことも可能だ。わたしはそんな彼らを見てみたい。だから、思い切ってマスターに聞いてみた。 「あの、マスター」おずおずと切り出す。「『ア』と『イ』はもっと進化する潜在的能力を持っています。ここで進化を止めてしまうのは惜しいです」 「知っているよ、彼らにその能力が備わっていることは。設計者はわたしだからな。だから言えるのだが、彼らはこれからも進化を続けるだろう。進化が全く止まるわけではないのだ」 「ええ、猿が塩水で洗った芋を食べると言うような、ささいな進化はあるでしょうね。でも、わたしが言う進化はもっと大きな進化のことです。想像力と創造力を彼らが持てば……」 「ばかなことを考えるな」  マスターはわたしの話を強い調子で遮った。そして、苛立った調子で言った。 「そうなれば、彼らを制御するのは難しくなるだろう。いや、それ以上に、彼らは我々の敵になってしまうかも知れないのだぞ。恐ろしい考えは捨てろ。君のように優秀なものがそんな考えを持つとはな。彼らの進化はこれまでだ」  マスターは哀れむような眼差しをわたしに投げつけた。
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