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ヤマタイ国
ヤマタイ国。薄紅色をした朱鷺が舞い、稲穂が青々と茂る。川は清涼にさらさらと流れ、茶色い土地を潤す。まさに鳥語花香という表現にぴったりだ。
ヒミコは神殿の中から世界を眺め、美しき世界にため息を漏らした。
ふと、幼児のころを思い出す。記憶には乳色のもやがかかり、定かとは言えないが、自分の他にもう一人、誰かがいたような気がする。
その方も、美しい世界で生きていらっしゃるだろうか。
ヒミコは記憶をたどる。
幼少のころは育ての乳母の思い出ばかりだ。乳母が言っていた。
「あなたは神の血筋を引き、選ばれるためにこの国へ流されたのです」
その言葉の意味を、ヒミコは理解していない。乳母も亡くなってしまった。もしかしたら一生かかっても分からないのではないかと思う。
「ヒミコ様、朝食をお持ちいたしました」
気が付くと御簾の前に神官が控えていた。
「ご苦労様。何か面白いことはある?」
ヒミコは滅多に地方を旅しないので、近隣諸国の情報が欲しいのだ。
「大和の国がまた他国を平定いたしました。かの国は遠からず大倭豊秋津島(本州)の覇権を握るでしょう。かの国の近隣を統べる豪族も、ぞくぞくと勢力圏に参加しているようです」
「なるほど、分かりました」
大和。大倭豊秋津島最大の豪族の集合国家だ。今のところはヤマタイ国とは峻険な山で区切られているが、いつ接触があってもおかしくはない、とヒミコは考える。
「他は」
ヒミコは貝を塩水で煮た料理を口にしながら問うた。
「筑紫島(九州)の邪馬台国が急激に勢力を伸ばしているようです。海を隔てた漢の国に使者を送ったという話があります」
邪馬台国か。
ヒミコが治める国と同じ名前。この名称は偶然ではないような気がする。何かの運命。
「こほっ」
考え事をしながら汁をすすったため、むせてしまった。
「ありがとうございます。下がりなさい」
「はっ」
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