翡翠の都

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翡翠の都

 ヒミコは鹿に乗り神殿を出た。目の前に景色が広がる。柳暗花明(りゅうあんかめい)。小鳥が飛び、清流のさらさらとした音が遠くから聞こえてくる。 「ヒミコ様、今後の翡翠採集はどこから行えばよいでしょうか?」  粗末な貫頭衣(かんとうい)を着た職人がわらわらと集まってくる。ヒミコの生まれ持つ能力は、上質な翡翠を産出する鉱脈を見つけられることだ。 「そうですね」  ヒミコは考えを巡らす。佐渡島(さどのしま)に近いヤマタイ国は、ともすれば冬は雪に閉ざされる。国を維持するためには、干し肉や漬物、米を蓄えなければならない。しかし、安易に翡翠を大量に掘り起こせば希少価値は無くなり、また将来枯渇するかもしれない。 「そうですね。大地溝帯の表面から産出する分で十分でしょう」 「はっ、かしこまりました」  職人たちがうやうやしく頭を下げた、辞去した。    今度は青銅の鎧をつけた武官たちが謁見を求めて集まってくる。 「ヤマタイ国を支配下に置こうとする豪族が四方八方にいます。武力は今までと同じ収益の1割では足りません。今年は2割以上が欲しい」  野太い声で意見する。  武力か。とヒミコは暗い気分になる。  宝を産出するこの国が、他国から侵略を受ける可能性は高い。武官の危惧もよく分かる。ヤマタイ国自体が、他の豪族を武力で制圧し、領土を拡大した経緯も知っている。    だが、流血は穢れだ。  一度翡翠を盗み出した不届き者の首を、公開処刑でかき切ったことがある。血が、ねっとりとした生臭い穢れが全身を侵した。身震いがした。  ヒミコは幾度も禊をして、やっと清浄な身体に戻ることができた。  願わくば戦は回避したいが、祈るだけでは解決しない。上に立つ者は穢れを背負う覚悟がいる。  ヒミコは裁定を下した。 「分かりました。翡翠の交易品として、武具を求めなさい。青銅製でも構いませんが、できれば鉄製がいい。あれは最も硬く、青銅を断ち切りますから」 「それでは、鉄製の武具を持つ半島との交易を活発に行う必要がありますね」  武官長が鋭い目つきをした。幼いころ疱瘡にかかった醜男(しこお)だが、はち切れんばかりの筋肉を持っている。年のころは30代。武勇も、計略も兼ね備えた男だ。  各地の豪族が覇権を争い、大きな国を作る世の中になってきた。ヒミコはその中で上手にかじ取りをし、戦乱を最小限に食い止めねばと思った。  また、少女の夢想かもしれないが、大八島国(おおしまのくに)(日本)を統一できれば争いは無くなるのではないかと思案することもあった。
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