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大和からの使者
「ヒミコ様、大変です!」
「うんっ」
ヒミコは眠い目をこすり、大きな声に寝所から起こされた。外を見れば、月が白く輝き、星々が天球を覆っている。
「何ですか。夜中ですよ」
甘い眠りを邪魔され、口調はきつくなる。
今にもくっつきそうなまぶたを無理やり開け、神殿の入口にかしこまっている黒い人影を見た。
油は貴重品だが、使わねばならないだろう。ヒミコは火打石で燭台に火をともす。夜の闇に、やわらかな橙色の炎が色づく。
神官と男性がかしこまっていた。男性は20歳くらいの美男子。服装や入れ墨から、ヤマタイ国出身者ではないと分かる。
「どうしたのです」
ヒミコが問うと、
「これを、」
と男性が木簡を差し出した。
ヒミコは木簡を燭台に近づける。
『大和の王、結婚相手を求める。我こそはと思う乙女は参加せよ』
ヒミコは運命が回り出したのを感じた。
もちろん無視するという選択肢もある。しかしそれではいつか夢想した、大八島国平定という大きな平和の実現は永遠にやってこない。この誘いは人生に一度あるか無いかの機会だ。
富はある。交易の情報網から、確度の高い他国の情勢を知っている。この情報は、大和に大いなる知識を提供することになるだろう。他の国の言葉は少しは話せる。武勇は武官から手ほどきを受けた程度だが、姫であるヒミコが最前線で矛を振るうことはまず無いだろう。戦術は渡来した本で勉強している。
ヒミコは自分を試そうと思った。
もちろん平和を望んでいる。ヤマタイ国という小さな国だけを安定させる無難な平和もある。だが交易から外の世界を垣間見、大国と組んで大八島全体を平定するという大きな目標も持つようになった。この婚姻が成れば実現するのだ。そのための資金も、一時期は覇道を進まねばならぬという胆力も持ち合わせているはずだ。
決心が鈍らぬうちに宣言したほうが良い。
「分かりました。その婚儀、お受けいたします」
凛とした声で返答した。
神官が「おお」と言って仰ぎ見る。
「畏れながら、他国の姫君と争うことになりますよ」
「分かっています。血を見るのは嫌いですが、それは仕方のないこと。急ぎ軍を整えて出立しましょう」
「分かりました。急ぎ兵を集め、旅の支度をしましょう」
神官は早口で言い、辞去した。
翌朝、ヒミコが目覚めると、既に旅装束が用意されていた。
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