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「リン、…」
白い人狼が長い舌を伸ばしてリンの涙を舐めとる。
温かくて柔らかくて優しい。白くて強くて甘い。私だけの、…
『ユキ、…』
震えるリンの唇の形を、人狼は正確に読み取った。
「うん、…」
『ユキ、…』
「うん、…」
ユキの舌は、温かくて柔らかくてどこまでも優しい。
どんなに痛くても、苦しくても泣けなかったのに、ユキに舐められると次々に涙が溢れて零れ落ち、凛々しいユキの純白の毛並みを濡らした。
「ずっと俺を呼んでたんだな。聞いてやれなくてごめん」
ユキはリンを心地いい滑らかな毛並みで優しく包み、しなやかな腕でしっかり抱きしめた。頭を、背中を、撫でてくれる大きな手が優しくて涙が止まらない。
ユキ。ユキ。
ユキが来てくれた。
もう、何も怖くない、…――――――
「待て、…っ!! その娘を放せっ!!」
ビルの屋上に、松葉杖をついた身体を引きずるようにして、拳銃を構えた男が現れた。身体は傾き髪は乱れ、荒く息をついて目は血走っている。
「いけません、坊ちゃま」
「うるさいっ」
病室を抜け出してきた久我宮ハルキだった。
「リンは俺のものだ。俺は、…リンを愛しているんだ、…っ」
ハルキは悲痛な声で叫びながら、拳銃の引き金を引いた。
ガン、ガン、ガン、…と立て続けに発砲音がして硝煙が上がる。
屋上に立つ人狼に向けて撃たれた銃弾を、しかしユキは巧みにかわした。
「クソ、ハイイロ、…っ」
ハルキは罵りながら、苦しそうに呼吸を荒げ、拳銃を構え直して連射する。
「逃げろ、リン!! そいつは親の仇だっ、…お前の親は、ハイイロに殺されたんだっ!!」
喚きながら撃ち続けられる銃弾を、ユキはひらひらとよけながらハルキに近づいた。
「クソ、来るな、…来るな、ハイイロっ!!」
狂ったように拳銃を乱射するハルキに近づくと、ユキはその拳銃に手を置いた。
「…よせ、リンが悲しむ」
「お、…お前が殺したくせにっ! お前がリンの母親を無残に殺して捨てたくせにっ」
ハルキが憎悪と嫌悪に縁どられた目をして叫ぶ。
「…そうだな」
ユキの悲しそうな声が静かに響いて、リンはその腕の中でぴくりと身体を震わせた。
「リン。こいつと行くか?」
ユキは美しい青い瞳を揺らしながらリンを覗き込んだ。
リンが首を横に振るとまた涙の雫がポロポロこぼれた。
ずっと何をされても為されるがまま、自分の意志を持たない人形のようだったリンが、泣きながら必死で白い人狼にしがみついている。
「なんで、…」
ハルキの口からひゅうっと乾いた空気のような音が漏れた。
信じられない。なぜだ。どうして。そいつは親の仇で、俺はお前を、…
「じゃあ、俺と来い」
白い人狼は顔を傾けて長い舌を伸ばすと、愛おし気にリンの涙を舐め取った。
「なんで、…なぜだ、リン。…リン、…うわああああああ――――――――――――…っ!!」
そして、その場に頽れながら、獣のように咆哮するハルキを残して、ユキは空高く跳んだ。
夜の帝都を静かに跳躍する白き人狼の姿は、畏怖するほどに美しく、どこか切なさを纏っていた。
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