Ⅰリンの章【救出】

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「リン、…」 白い人狼が長い舌を伸ばしてリンの涙を舐めとる。 温かくて柔らかくて優しい。白くて強くて甘い。私だけの、… 『ユキ、…』 震えるリンの唇の形を、人狼は正確に読み取った。 「うん、…」 『ユキ、…』 「うん、…」 ユキの舌は、温かくて柔らかくてどこまでも優しい。 どんなに痛くても、苦しくても泣けなかったのに、ユキに舐められると次々に涙が溢れて零れ落ち、凛々しいユキの純白の毛並みを濡らした。 「ずっと俺を呼んでたんだな。聞いてやれなくてごめん」 ユキはリンを心地いい滑らかな毛並みで優しく包み、しなやかな腕でしっかり抱きしめた。頭を、背中を、撫でてくれる大きな手が優しくて涙が止まらない。 ユキ。ユキ。 ユキが来てくれた。 もう、何も怖くない、…―――――― 「待て、…っ!! その娘を放せっ!!」 ビルの屋上に、松葉杖をついた身体を引きずるようにして、拳銃を構えた男が現れた。身体は傾き髪は乱れ、荒く息をついて目は血走っている。 「いけません、坊ちゃま」 「うるさいっ」 病室を抜け出してきた久我宮ハルキだった。 「リンは俺のものだ。俺は、…リンを愛しているんだ、…っ」 ハルキは悲痛な声で叫びながら、拳銃の引き金を引いた。 ガン、ガン、ガン、…と立て続けに発砲音がして硝煙が上がる。 屋上に立つ人狼に向けて撃たれた銃弾を、しかしユキは巧みにかわした。 「クソ、ハイイロ、…っ」 ハルキは罵りながら、苦しそうに呼吸を荒げ、拳銃を構え直して連射する。 「逃げろ、リン!! そいつは親の仇だっ、…お前の親は、ハイイロに殺されたんだっ!!」 喚きながら撃ち続けられる銃弾を、ユキはひらひらとよけながらハルキに近づいた。 「クソ、来るな、…来るな、ハイイロっ!!」 狂ったように拳銃を乱射するハルキに近づくと、ユキはその拳銃に手を置いた。 「…よせ、リンが悲しむ」 「お、…お前が殺したくせにっ! お前がリンの母親を無残に殺して捨てたくせにっ」 ハルキが憎悪と嫌悪に縁どられた目をして叫ぶ。 「…そうだな」 ユキの悲しそうな声が静かに響いて、リンはその腕の中でぴくりと身体を震わせた。 「リン。こいつと行くか?」 ユキは美しい青い瞳を揺らしながらリンを覗き込んだ。 リンが首を横に振るとまた涙の雫がポロポロこぼれた。 ずっと何をされても為されるがまま、自分の意志を持たない人形のようだったリンが、泣きながら必死で白い人狼にしがみついている。 「なんで、…」 ハルキの口からひゅうっと乾いた空気のような音が漏れた。 信じられない。なぜだ。どうして。そいつは親の仇で、俺はお前を、… 「じゃあ、俺と来い」 白い人狼は顔を傾けて長い舌を伸ばすと、愛おし気にリンの涙を舐め取った。 「なんで、…なぜだ、リン。…リン、…うわああああああ――――――――――――…っ!!」 そして、その場に(くずお)れながら、獣のように咆哮するハルキを残して、ユキは空高く跳んだ。 夜の帝都を静かに跳躍する白き人狼の姿は、畏怖するほどに美しく、どこか切なさを纏っていた。
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