Ⅲリンの章【慈愛】

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「これは好きか?」 ユキはリンを洞窟の居城に連れてきてから、あらゆる食べ物をリンの口に押し込んだ。 瑞々しい果実。柔らかく煮えた穀物の粥。 濃厚で甘いミルク。歯ごたえのある野菜。 最初は弱った胃腸に優しいものを。 徐々にしっかり味わい深いものを。 食事と言えるような経験の記憶がないリンには、どれも新鮮で、美味しさと楽しさに溢れていた。 「俺の母親は人間だが、豆乳の粥が好きだった」 ユキには人間の血が入っている。 それは驚きではあったが、納得もした。 ユキはリンよりもリンのことが分かっているようなところがある。 ユキはとても器用に火や調理器具を使いこなし、食べやすく滋養のある料理を次々作ってくれた。 灰色人狼は本来肉食らしいが、ユキが割と植物を食べるのは母親の影響があるのかもしれない。 ユキが作ってくれた豆乳の雑穀粥はまろやかに甘く、柔らかく優しく、まるでユキのようで、リンもとても好きになった。 灰色人狼は野蛮で獰猛、娯楽のために人間を襲い、嬉々として犯しながら喰い散らかして捨てる。その残虐さはリンも耳にしたことがあり、無残な亡骸を目にしたこともあるが、ユキからはその恐怖を全く感じない。 それも母親の影響があるのだろうか。 『お前の親は、ハイイロに殺されたんだっ!!』 久我宮ハルキにそう教えられたが、まるで実感が湧かない。 記憶がないからかもしれないし、ユキに心酔しているからかもしれない。 いずれにしても、ユキとの生活は楽しく穏やかで、リンはそれまで感じたことのない幸福に満たされていた。もし、ユキが狼の習性でリンを食べることになっても、それで良かった。 ユキになら、何をされてもいい。 それほどに、ユキと過ごす時間は濃密で満ち足りている。 「美味いか?」 リンが微笑んで頷くと、ユキは大きな手で頭を撫で、長い舌で頬を撫でてくれた。 「俺たちは泉に浸かるが、母は湯に浸かるのが好きだった」 ユキが居城のある洞窟を出て、少し森を下り、温泉の湧き出ている緑豊かな湖に連れて行ってくれた。 いつの間にか檜の湯おけまで持っている!  なんだか屈強な体躯のユキとの対比がおかしくて、知らず知らず頬が緩んでいたらしく、 「…なんだ?」 いぶかし気なユキに鼻を舐められ、口元を舐められ、開いた唇の隙間から舌を差し入れられた。 「…う、…、ふぅ、……っ」 ユキに触られると吐息が漏れる。それは少しずつ声に近づいている気がする。 ユキの片腕に抱かれたまま、心地よく絡まるユキの舌に夢中になっていると、ふわりと肌にユキの毛が触れた。 いつの間にか衣服を全部脱がされている! 「きれいだ」 ユキはとても器用で卒がなく、だけど悪戯でちょっとエッチな気がする。 ユキの前で全てを露わに晒すリンを、青い目で満足そうに見つめると、リンを抱いたまま温かな出湯に足を進めた。
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