運命をひねった二人。

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「スペードのA。そうでしょう?」 「おお……」  渋柿のような四つの唇から、それぞれに感嘆と驚愕の吐息が漏れる。海堂はその、まるで死の淵から再び生き返ったような表情を十分に見渡した。すっかり使い古したネタではあるが、初見の観客に限り新鮮な表情は褪せないものだった。  吸い尽くしたと思える人生も、重箱の隅に目を凝らせば新たな発見がある。  海堂が暇潰しに始めた余興はいつしか、彼自身が入居する介護施設における一つのイベントになっていた。 「──、か。ははっ、クロースアップにはもってこいだな」  観客が去り、後はのんびり花見でもしようかという時になって。海堂の背後で、小さなバネでも弾くような軽妙な声が聞こえた。振り返ると、車椅子に腰を下ろす老男(およしお)がいた。逆三角形の顔貌と意地の悪そうに吊り上がった口角、そして人中(じんちゅう)を中心に左右へ生えた細長い髭から、海堂はネズミを連想した。それを踏まえて観察すれば、車輪を回す太い腕を除いて全身が細い。  今日まで見かけたことがない。新参者か──。  と、その刹那。記憶の、もうすっかり埃塗れになっていた一部が疼く。反射的に、海堂はじっと目を凝らした。ぼんやりとではあるが、その顔に見覚えがあったのだ。  この男と以前にどこかで……?
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