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【親指姫】
一人の女に望まれ、親指サイズの小さな娘として生まれた親指姫は、今生では自分から“彼”を探すことにした。そして今度こそ誰にも邪魔されない所へ二人で行こうと、心に決めていた。しかし彼女の逃走劇は蛙やカナブンに邪魔をされ、逃げ迷う内に彼を見つけられないまま冬になり、凍えていたところを親切な野鼠に拾われる。
野鼠の顔を立てるためにも、金持ち土竜との結婚を余儀なくされる親指姫。彼女はある日土竜の穴ぐらで、傷ついた一羽のツバメに出会う。そして、一目でそれが彼だと分かった。
彼は前世で、物語から“火炙りの刑”という制裁を受け、力が弱まり死にかけのツバメになってしまったのである。親指姫は熱心に看病をし、可愛いその羽毛に口付けし抱きしめ、愛を注いだ。そしてツバメも今回は、彼女への愛に正直だった。
冬が過ぎ、親指姫の嫁入りの日が近付いて来た頃、ツバメは言う。
「さあ、私と一緒に南の国へ行こう」
娘は心から喜んだ。すっかり元気になったツバメの背に乗り、森を越え海を越え、太陽の輝く楽園へ。娘は彼と、どこまでも飛んでいきたかった。今度こそ物語の外へ、二人で飛び出していきたかった。
しかしツバメが降り立った南の島で、娘は自分と同じ大きさの、妖精族の王子の心を射止めてしまう。
「なんて美しい方なんだ!どうか私と結婚してください!」
「は?」
戸惑う親指姫の後ろでツバメが「さようなら」と小さく鳴いた。親指姫が振り返ると、もうツバメの姿は空高く舞い上り、飛び去って行くところだった。
「待ってツバメさん!置いていかないで!」
「さあ、結婚式をしよう」
「ツバメさん!ツバメさん!」
王子もその取り巻き達も、親指姫の取り乱した様子に一切動じない。彼女の涙が見えていない、彼女の声が聞こえていないかのように、ハッピーエンドの笑顔を浮かべている。「嫌!」という親指姫の悲鳴は、予定通りの結末に上書きされていった。
遠くの空でツバメがなく。
(どうか、王子と幸せに)
ツバメは最初から、彼女を予定通りの結末に導こうと決めていた。物語の決めた運命を乱せば、今度は彼女に制裁が下されるかもしれないのだから。
この物語は、メリーハッピーエンド。外野にとって疑う余地もない、完全無欠の幸せな結末。
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