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障子の隙間から覗く満月。色褪せた畳に射し込む朧げな光が、一組の寝具を照らしている。
「剛さん。今夜、私をあなたの妻にして下さい」
蝶子は浴衣の腰帯を解き白い肌を露出させると、艶然と微笑み俺に跨った。
彼女と出会ったのは二ヶ月前。駅で男に絡まれている彼女を助けたのが馴れ初めだ。
美女を救ったのが美男なら絵になる話だが。あいにく俺の顔は煮崩れが酷い。加えて体毛も体臭も濃い。彼女いない歴=年齢(38)の所謂キモ男。唯一取り柄があるとすれば、二十年間の重労働で培った屈強な体躯と底無しの体力だけ。
そんな俺を蝶子が見染めてくれた。稀有の美貌を持つ彼女は俺を「素敵」だと言ってくれる。
不思議と彼女は美意識の高い男が苦手で、化粧や脱毛をする類いの男を毛嫌いしている。
ある日、蝶子は俺に数枚の写真を見せた。古色蒼然たる家屋が並び、辺りには田園が広がっていた。彼女の生まれ故郷だと言う。
「綺麗な村だね」と口にした直後、彼女は感極まった様子で一緒に村で暮らしたいと懇願した。俺は躊躇なく快諾した。彼女を心から愛しているから。
――そして俺達は今夜、
「ああ……もっと、私のナカに……」
彼女の故郷で初めて結ばれた。
翌朝。泥のように眠っていた俺は土の臭いで目を覚ました。起き抜けの双眸に映るのは田園風景。写真で見た景色だ。
ここは何処だ。蝶子の部屋で寝ていた筈が、なぜ外に居るんだ?……動けない。手も足も、動かせない!
思考が袋小路に迷い込む。血走る眼球を動かし理解できた事は、首から下が土壌に埋まっていること。
「助けてくれ――!」
叫び声を上げた瞬間、視界に人影が下りた。地面にしゃがみ込んだ蝶子が微笑んでいる。
「蝶子……」
「あなたは特別な人。この村が見える、選ばれし者よ」
「え……見える?」
「さっき地中に産卵したの。清浄な栄養を吸い尽くし、やがて子供達が孵化するわ」
「何を言って――」
「あなたなら大丈夫。半年、頑張ってね、パパ」
Fin
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