ゆりの妖精

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 ぼくは奈々ちゃんが大好きだ。    好きで好きでしかたがない。だけど、ぼくは六年生になっても奈々ちゃんに話しかけることが出来ない。  話しかけようと思うと胸がドキドキ、頭の中が真っ白になる。  だからぼくはいつも遠くから見ている。   (ぼくが女の子なら奈々ちゃんと仲良しになれるのに……)    ぼくの夢は、朝、目を覚ますと女の子になっている夢。    寝ている間に親切な宇宙人がぼくを女の子に変えてくれる夢。    どうしてぼくは女の子に生まれなかったんだろう。    悩むほど、女の子になる空想がどんどん膨らむ。   (親切な宇宙人さん。ぼくの夢を叶えて下さい!)    夜になると、ぼくは早めにお布団にもぐり部屋の明かりを消す。    目が覚めたら女の子になっていますように」    そう祈りながら眠りにつく。    でも、朝がくるとぼくはがっかりする。    何も変わっていないから。    空想に浸っているうちに一学期が終わった。  とうとう一度も奈々ちゃんに話しかけることが出来なかった。  夏休みは大好きだけど六年生になって長く感じる。  奈々ちゃんに会いたい。     八月に入った。  ぼくは日の出を見に行くことにした。  久しぶりの早起き。    外は薄暗いけど東の空は金色でとても美しい。  ぼくは自転車にまたがり目的地へ急ぐ。  五分ほど走ると小さな森があらわれた。 「誰もいない」    自転車を降りて、森の斜面を駆け上がった。  溜め池が現れる。    日の出はここからの眺めが特に美しい。  空が黄金色、赤色、ピンク、刻々と変化する。 (きれいだなぁ……)    ぼくの心は幸せに満たされた。 「あれ? さっきまで花なんてなかったのに」  いつ咲いたのか可憐な白い花が池の辺を覆いつくしていた。  なんの花だろう? 花びらは百合ににている。 (でも百合の花は池に咲かないし……)    ぼくは土手に降りて花を優しく触った。  愛くるしいほど可愛い花びら。 「まるで妖精みたい」  つぶやくと花がにっこり微笑んだ。    ぼくはビックリして目を瞬く。    白い花はそよ風にゆっくり揺れている。 「気のせいかな」  ぼくは土手に座って、池に広がる白いお花畑を眺めた。    深呼吸する。    甘い香りが鼻をくすぐり胸をみたす。 「きっと白い花の香りだ」    ぼくは四つんばいになって、花のにおいをかいだ。    甘い香りが胸いっぱいにひろがる。  一瞬、胸がドキッとして、あたまが、ぼっ──となる。 「あ、ごめんなさい」  なぜか恥ずかしい気持ちで胸がいっぱいになる。   (どうして胸のドキドキがとまらないのだろう) 「じ、じゃ、またね」  ぼくは慌てて土手をかけ上がり家に帰った。  二学期がはじまった。    担任の先生が女の子と一緒にやってきた。 「今日から皆さんと一緒に学ぶ絵莉ちゃんです」  丸顔に長いまつげ大きな瞳、長い髪の女の子。  ピンクのワンピースがとっても可愛い。 「絵莉ちゃんの席は、はるか君の隣です」  先生はそう言って絵莉ちゃんを連れてきた。 「よろしくね」    絵莉ちゃんはぼくの目を真っ直ぐ見つめ微笑んだ。 「よろしく」    ぼくは意識しすぎてぶっきらぼうにこたえた。    放課後、ぼくは息苦しい小学校から逃げるように、校門から外に出た。気が弱くて孤立していたぼくはクラスに居場所がなかったから。 「はるかくん、待って」    不意に後ろから声をかけられた。    振り返ると絵莉ちゃんだった。 「一緒に帰りましょう」  絵莉ちゃんはにっこり微笑んだ。 「う、うん」  ぼくはおどおどしながら、気のない返事をした。 「お家はどっち?」  絵莉ちゃんは笑顔がたえない。 「青空団地」  ぼくはクラスメイトの視線が気になって伏し目がちになる。 (こんなところ見られたらまた学校でからかわれる) 「わぁ、ラッキー」    絵莉ちゃんは無邪気に声を上げて喜ぶ。 「どうして?」    ぼくはキョトンとした顔で絵莉ちゃんをみた。 「だって、あたし青空団地に近いから」 「そ、そう」    五年生から一緒のクラスの奈々ちゃんと、話すことが出来ないのに、絵莉ちゃんとは普通に話せている。今日、初めて会ったのに……それどころか、どこかで会ったことがあるような気さえした。しかも絵莉ちゃんがそばにいると、ほのかに甘い香りがする。どこかでかいだことがある甘い香り。思い出そうとするたびに胸がドキッとする。  その日から、毎日、絵莉ちゃんは友達のように話しかけてくれた。  帰りも一緒だ。  いつも絵莉ちゃんは青空団地が近くなると微笑み、手を振りながらどこかに帰って行く。 (絵莉ちゃんのお家どこだろう)  ぼくはいつのまにか奈々ちゃんのことより、絵莉ちゃんのことばかり考えるようになった。    ある日の帰り道。 「ちょっと寄り道しましょう」  絵莉ちゃんはそう言って、あの小さな森へぼくを誘った。 「池に白い百合の花が沢山咲いているの」 「ぼく知ってるよ」 「一緒にみましょう!」 「うん」  ぼくたちは小さな森に入っていく。 「あそこよ」  池に白い百合の花がたくさん咲いていた。 「この辺りがいいわ」  ぼくと絵莉ちゃんは土手にすわった。 「……奈々ちゃんのこと好きでしょう?」  いきなり質問された。 「……」  ぼくは恥ずかしくてうつむいた。 「好きになるの恥ずかしいことじゃないわ」  絵莉ちゃんはぼくの顔を覗き込んだ。 「もういいんだ」  ぼくは目を逸らした。 「奈々ちゃんに話しかけれないからでしょ」 「……」  ぼくは心の中を覗かれたみたいで、心臓のドキドキがとまらなくなった。 「みんな同じよ」  絵莉ちゃんは花のように微笑んだ。  絵莉ちゃんは四つんばいになって、近くに咲いている百合の花の香りをかいだ。 「甘くていい香り。はるか君もかいでみて」  ぼくも絵莉ちゃんと並んで四つんばいになって、同じ花の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。    頭がボーとなる。 「奈々ちゃんが好きだから、女の子になりたいんでしょう?」  ぼくの心臓はとまりそうになる。 「はるか君、かわいい」  絵莉ちゃんはピンクの頬に笑窪をつくる。 「そ、そんなことないよ!」  心の秘密を覗かれたみたいで、ぼくは石のように固まった。 「秘密、守るわ。だから正直に答えて」 「う、うん……」    花の香りのせいなのか、頭がぼんやりして心の扉が開いてしまった。 「嬉しい! やっと心を許してくれたのね」  絵莉ちゃんからいきなりハグされた。 「はるか君、今度はあたしの秘密をおしえるわ」 「ひみつ?」 「うん。でも、秘密を打ち明けたら、はるか君に嫌われるかもしれない」 「そんなことないよ」 「じゃ信じるね……」 「絶対、秘密守るから」 「あたし、ユリの星からきたの。地球では百合の花の妖精とも呼ばれているのよ」 「ほんとに!?」 「はるか君が呼んだからやってきたの!」 (……だから絵莉ちゃんはこの花と同じ甘い香りがしたんだ) 「あたしの匂い好き?」  絵莉ちゃんは心をよめるらしい。 「す、好き」  ぼくは恥ずかしくて頬がリンゴのように真っ赤になった。 「はるか君の悩み、全部、聞いちゃったよ」  絵莉ちゃんがぼくをまっすぐみつめる。 「毎晩のように、女の子になりたいって祈ってたから……」  ぼくは穴があったらはいりたくなった。 「はるか君は心がきれい。だから願いを叶えてあげたくなったの」  絵莉ちゃんは透きとおった目でぼくをみつめた。 「絵莉ちゃん」 「かわいい」  絵莉ちゃんがクスッと笑う。    ぼくと絵莉ちゃんは白百合の前に並んで立った。 「もういちど聞くけど、女の子になりたい?」 「うん」 「奈々ちゃんと友達になりたいから?」 「はじめはそうだったけど、ぼく、分かっていたんだ」 「なにを?」 「心は男の子じゃないから……」 「わかってるわ。あたしが願いを叶えてあげる」 「どうやって?」 「あたしを信じて」  絵莉ちゃんは優しくぼくの手をにぎった。    夕焼け空がピンクゴールドに染まっていた。  百合の花の甘い香りが、体中に染みこんで、頭の中が真っ白になる……。 「絵莉ちゃん、体がすごく熱いよ」 「はるちゃんはあたしのもの」  ぎゅうと絵莉ちゃんがぼくを抱きしめた。 (熱くて体が溶けてしまいそう)  ぼくと絵莉ちゃんは白い光に包まれ、百合の花に吸い込まれていった。  ゆりかごにいるような心地よさ。 「はるちゃん、はるちゃん、おきて」  絵莉ちゃんの声がした。  ぼくはうっすら目を開ける。  となりに絵莉ちゃんが。 「気分はどう?」  絵莉ちゃんがぼくの顔を覗き込む。 「ちょっと眠いけどすごく気分がいい」  ぼくたちはピンクの繭みたいなベッドに横たわっていた。 「お誕生日おめでとう」  絵莉ちゃんが目尻を下げ微笑んだ。 「誕生日って……」 「女の子になったのよ」  絵莉ちゃんはぼくの膨らんだむねを触った。 「あっ」   ぼくは慌てて身体中をみまわす。  指は細くやわらかで、胸が大きく膨らんでいて……。    ぼくは夢にまで見た、女の子になっていた。  そのとき、裸なのに気がついた。とたんに恥ずかしさで顔が真っ赤になる。  よくみると絵莉ちゃんも何も着ていない。 「好き」  絵莉ちゃんはぼくをきつく抱きしめた。 「絵莉ちゃん……」  ぼくは夢でもみているような気がした。 「夢じゃないよ」  絵莉ちゃんにホッペを軽くつねられる。 「い、痛い」 「ね!」 「嬉しい?」 「うん」     絵莉ちゃんが両手でぼくのほっぺを包む。  ぼくは恥ずかしくて頬を赤くそめる。 「幸せ?」  絵莉ちゃんが悪戯っぽい目で見つめた。 「しあわせ」  言葉にしたとたん、心も身体も熱くなる。 「はるちゃん好きよ」  絵莉ちゃんはホッペをぼくの頬に強く押しつけ、ぎゅうと抱きしめた。 「……好き」    しだいに頭の中が真っ白になり、痺れるような感覚が身体中をずっとつつんだ。     気がつくと絵莉ちゃんの腕の中にいた。  絵莉ちゃんが身体中にキスをする。 「気持ちよかった?」  あたしは頬をピンクに染め小さく頷く。   「……ここはどこなの?」    あたしはピンクのドームみたいなところにいた。 「あたしたちの星に着いたの」  絵莉ちゃんはあたしの手をとって、ピンクの壁に導いた。  壁が透き通り、外には昔の地球みたいな美しい緑の自然が広がっていた。 「ここで、はるちゃんの新しい人生がはじまるの」  絵莉ちゃんが優しくあたしをみつめる。 「嬉しい!」  あたしは絵莉ちゃんに抱きつく。  絵莉ちゃんもあたしを強く抱きしめる。    夢じゃない。最高の目覚め。生まれて初めて手に入れた心の安らぎ。  今日からあたしは百合の妖精。                                                                                                     おわり
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